海外徒弟研修同行レポート

愛知県第一宗務所主催 海外徒弟研修同行レポート

文責:貞昌院副住職 亀野哲也
 照明の落とされた堂内を静かに止静鐘が鳴らされ、夜坐が始まりました。しきりに屋根を打ち付ける雨の音と風にそよぐ松の枝の音が心地よく耳に届いてきます。

 ごくありふれた坐禅の光景のようでありますが、実はロスアンゼルスの南西約200キロの山麓に位置する禅マウンテンセンター陽光寺の法堂において、現地のメンバーと、日本からの徒弟研修会参加者が一堂に会して坐禅をしているのです。そこには異国の地であるということを忘れさせるような心地よさがありました。国の違いや人種の違いといったことを超越した一体感が堂内を包みこみ、実にすんなりと坐禅に打ち込む事ができたように思います・・・・・

 今回、愛知県第一宗務所主催の海外徒弟研修に同行する機会を得たので、そのレポートをここに紹介したします。


 ツアー参加者のうち、徒弟としての参加は小学校1年生から高校生までの6名(男子5名・女子1名)。その殆どが初対面であったためでしょうか、集合した名古屋駅から関西空港までお互い一言も会話を交わすことなく、みな少し緊張気味でした。約10時間の航路も、あまり眠れなかったようです。Picture

 ロスアンゼルスはエルニーニョ現象のもたらすあいにくの雨となり、マリナ・デルレイ、サンタモニカ、UCLA、ドジャーススタジアム、チャイニーズシアターの観光は駆け足となってしまいました。道路は数箇所で冠水し、崖崩れも起こっているようで、自動車主体の交通網に多少なりとも支障をきたしていたようです。

 半日市内観光の後、リトル東京に程近い禅宗寺を訪問し、開講式が行われました。 秋葉玄吾北米総監をはじめ、開教センター及び禅宗寺の奥村所長、横山師、古渓師、小島師らによる挨拶を受け、自己紹介の後諸堂拝観へ。日本の寺院とだいぶ違う様子に皆とても興味を持っていたようでした。Picture Picture

 参列者の為の長椅子が教会のように並んでいる事、本堂の正面脇に星条旗が掲げられている事、位牌堂に納められている位牌に込められている意味、納骨堂の中の様子、法堂の下に機能的につくられた坐禅堂、現地の人々が文化の拠り所とする茶室や集会場など・・・・開教師の皆さんによる丁寧なわかりやすい説明を受ける事が出来ました。Picture

 寺院がいかに地域コミュニティーの中心に位置し、文化の発信基地となっているか、本来寺院はこのような姿でなければならないのではという思いでいっぱいでした。

 その後、メンバーの方自らの手によるクッキーとドーナツのもてなしを受け、懇親の場を提供していただきました。一度ホテルにチェックインした後、再び開教師の皆さんに夕食を同席していただき、開教に係わってきた体験談や様々な質疑応答を得る機会を得ました。

 初日から盛りだくさんの内容で、子供達も疲れていたようですが、ジェットラグのためか、その晩はあまり睡眠を取る事ができなかったようです。

 2日目の前半は、日本からの移民の心に触れる事に重点が置かれています。最初に見学した日系博物館は、西本願寺羅府別院を改修した建物で、本堂の内部が展示室としてそのまま使われています。Picture

 上を見れば見事な絵天井があり、劇場を思わせる二階席も残されています。時代を生きてきた移民の生活を継承するためのさまざまな資料が並べられていて、案内していただいた日系二世の鮫島氏からも収容所時代の貴重な体験談を伺う事が出来ました。Picture

 次に訪問した日系引退者ホームでは、約120人の比較的自立する事が出来る人を対象としており、一人一人に与えられた広い個室、入居金や経費の安さに驚き、あまりにも日本の老人ホームと異なることに衝撃を受けました。何よりも、200人を超えるボランティアがそれぞれ空いている時間を惜しみなく申し出て、ホームの運営に寄与しているという姿がそこに見受けられます。ボランティア活動無くして日系引退者ホームは成り立たない事でしょう。そしてここにも開教師の活動が重要な役割を果たしているのです。Picture Picture

 祖国を離れたという日系人の想いは、その墓地に顕著に見受ける事が出来ます。墓石に刻まれた夫婦の肖像、自らの生きてきたという証をここに残したいという一つ一つの願望が一つ一つの墓石として残されています。

 エバーグリーンの日系墓地には、一面芝生が植えられており、そこに整然と平板の墓石が並んでいる光景が見られます。中心にある戦没者慰霊塔において、午前中の研修の締めくくりとして一同による慰霊法要が営まれました。第二次世界大戦により、祖国と敵対することとなり、日本人は数年間、強制収容所へと収監されることとなりました。ロスアンゼルスの地でも、数多くの戦争による犠牲者があったのです。Picture Picture

 午後からは次の宿泊地である禅マウンテンセンター陽光寺へと向いました。一路南西へと3時間進み、パームスプリングスから次第にシェラ山へと峠を登っていきます。途中から道路は舗装ではなくなり、数日降り続いてきた雨のため、バスは次第にスリップを繰り返すようになってきました。数キロの間はなんとか登ってきたのですが、あと500mで陽光寺到着という所でついにぬかるみにタイヤを取られ、ここからは荷物を降ろして歩く事になったのでした。途中マウンテンライオンの足跡を目にしながら・・・・・

 「これって、本当にお寺?」と言うのが子供たちの第一声でした。松林の中に点在するトレーラーハウス、ロッジ風の幾つかの建物、確かに日本でのごく当たり前の物として思い抱いているお寺とは印象が随分違います。しかし、初めの感想は後で覆される事となりました。Picture

 陽光寺には日本人は居らず、もちろん日本語も通じません。ここで私たちを迎えてくださったのは5月に夫婦揃って晋山式を行うFletcher天心先生と、5名のメンバー達でした。到着後法堂にて所長老師導師による拝登諷経が営まれ、その後薬石。子供たちが2名ずつに分かれてそれぞれメンバーの方々と英語を介して交流の機会を与えていただきました。Picture

 ここ陽光寺にはアメリカだけでなくヨーロッパ各地から集い、職業も学生からコンピュータ技師、下水道設計士まで様々で、年齢も皆若い世代が多い事に驚かされます。生い立ちは様々であっても、こうして一つ所で同じ目的を持って修行しているのです。そして、日本からの将来僧侶になるであろう子供たちを心から歓迎してくれました。

 夜も次第に更ける中、法堂にての夜坐に参加させていただきました。中には初めて坐禅をする子供たちもいます。それでも、止静鐘が鳴らされると、不思議なことに坐禅に没する事が出来るのです。屋根をうつ雨垂れの音も、境内を流れるせせらぎの音も、心地よい響きとなって堂内に反響しています。Picture

 アメリカ人、ヨーロッパ人、日本人、そんなことはまったくどうでも良いことだという事に気がつきます。1チュウという時間が過ぎ、経行の後、天心先生による提唱を戴く事が出来ました。その要旨は次の通りです。

 「今日は、日本からはるばるこの陽光寺に訪問くださり、有り難うございました。
 皆様にお会いできた事をとても嬉しく思っています。私が初めて坐禅をした時は、3分程度しか耐えられませんでした。しかし、皆さんは17時間の時差を乗り越えて、疲れているだろうけれども、坐禅をしっかり行じることが出来ました。とてもたのもしく感じます。
 これから僧侶になるであろう男の子たち、そして女の子と私たちが一同に会して坐禅をする機会があったこと、これはとても素晴らしい事です。お釈迦様は恵まれた家庭に生まれ、育ちましたが、人生の上で何故人は苦しまなければならないのかと言う事に困惑し、何年もかかってやっと答えを見つけました。
 この教えは弟子たちに受け継がれて次第に広められて来たのです。私たちはどんな信仰を持つ事も法律により保証されていますが、この事は当り前のように感じてしまう事があるかもしれません。しかし、苦労してこのような環境を作り上げてきた先祖に感謝しなければなりません。そして今日のような機会を得る事が出来たのです・・・」

 天心先生の提唱は、きっと子供たちの心に深く刻み込まれた事と思います。

 陽光寺は、その電気は太陽発電により賄われ、暖房は槙を使ったストーブで行われています。自然に無理な負担を与えない、そんな生活が営まれています。動かす事のできなかった岩が部屋の中に半分顔を覗かせていたり、木の幹が屋根を貫いていたり…私たちの感じる心地よさは、単に親切なもてなしというだけではなく、道元禅師の最初に創られた道場というのはこのようなものでなかったかという思いから来るのかもしれません。Picture

 真っ暗な境内は、東司や風呂へ向うにもランタンが必要です。けれども風呂の施設はとても清潔に出来ている事にとても感銘を受けました。

 翌朝は、5時半に鐘が鳴らされ、6時から暁天坐禅を2チュウ行いました。あいにくの雨が降り続きましたが次第に空が明るくなるにつれて鳥の囀りも増えてきます。子供たちもすっかり坐禅に慣れてきたようでした。朝課は英語の経典が配られ、般若心経、英訳参同契、消災呪と諷経が続きます。アメリカなりに消化すると法式はこうなるのかということにとても感銘を受けました。違和感は全く感じられず、素直に受け入れる事が出来るのです。Picture

 小食は、手作りのスコーンとオレンジジュースを用意していただき、再び懇親会となりました。Picture

 その後、案内していただいた夏期専用の坐禅堂はまさに圧巻で、70人収容可能であり、建物はもちろん香炉や花器などすべて手作りである事に驚かされます。 費用は40万円もかかっていないとのことで、禅に対するメンバーたちの真剣な思いを図り知ることができます。Picture

 境内に祀られている石仏に供えられている巨大な松ぼっくりもとても微笑ましい印象でした。

最後のお別れは、子供たち一人一人が自分の言葉で感想を述べ、天心先生夫妻やメンバーたち一人一人とお互い握手して別れの時を迎えたのです。Picture

 陽光寺を後として、研修の残りの日程は砂漠植物園、ディズニーランド、ユニバーサルスタジオ、そして現地のショッピングセンターでの買い物と、アメリカの文化に触れることにテーマが移りました。Picture

 研修を通して、日本人がアメリカに移り住んできた当時の苦労や、祖国の文化をどれほど大切に思ってきたのかということ、アメリカの奥深い山中で禅の教えが種撒かれ、そこでしっかりと根づいている事、後半ではアメリカの文化を感じ取り、そこから改めて日本の文化を外から見つめることができたこと・・・・

 短い期間ではありましたが、とても充実した研修ツアーだったと思います。この企画を主催していただいた愛知県第一宗務所の加藤所長老師、篠田教化主事、SZIより講師として派遣され、充実した内容を提供くださった黒柳先生、禅宗寺や開教センターの皆様、陽光寺の皆様、各訪問場所で快く迎えてくださった皆様に心より感謝申し上げます。合掌
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