« 絡子に関するギモン | 最新記事 | 宗務所主催特派会@鶴見大学 »
明治14年ごろに描かれた貞昌院の絵図を2つ並べてみます。
(左)社寺明細帳図・貞昌院所蔵 (右)社寺明細帳図・神奈川県立金沢文庫所蔵
同じ絵図が何故2つあるのでしょうか。
その理由は、明治時代、日本が国策として天災地災など、不測の事態に対応できるように配置図を保存するために全国一斉調査を行ったことによります。
内務省社寺局により各府県に「神社寺院及境内遙拝所等明細帳書式」(後述)として通達され、寺社ごとに4部作成され、1部は内務省、残り3部は社寺、郡区役所、戸長役場で保存されました。
「神社寺院及境内遙拝所等明細帳」の「書式」は次のように細かく定められています。
■社寺製図凡例
1.社寺境内の建物などの配置を細密に模写する目的は、後日天災地異または不測の事態にあった場合でも、かつての配置を捜索考証するのに役立つからである。よって、その図面を保存することは重要であるから、4部を作成し、本庁(内務省社寺局)へ提出すること。そのうち3部は調査の上、それぞれ社寺、郡区役所、戸長役場にてこれを保存すること。その図面を作成するに当たっては次の項目に従うこと。
1.境内の地形を測り、その方位を定め、地種の等級を図中に明示すること。
1.祠堂、その地建物を画く場合、その位置と築造の2点に注意すること。
1.社寺殿堂ほか、装設してある灯籠、手洗鉢、唐獅子、石仏、瑞籬(玉垣)、板牆(みずがき)、土塀等については、境内外を問わず配置のままを記載すること。境内地形線をその境界に挿引して、区分を明示すること。
1.社寺の規模、境内の面積を客観的に観るために、すべて1/100の縮尺とする。製図者を見つけられないなど製作が困難な場合は、現状を細写するだけでもよい。
1.境内、池沼もしくは巨木、仮山など、一般の地形と異なるものがある場合は、これを詳記すること。その大小や形状を記することも前項に準ずること。
1.境界の周囲、町村にかかるものは、その町村名を記すこと。
1.社寺所在の地に接続する周辺道、および名所、旧跡、山河、瀑布(滝)などは、その名称と距離とをその方位に当て、記入すること。
1.これまでの項によるもののほか、すべて境内風致にかかわり、または将来の備考となるべきものは出来る限り掲載し、滞りなくこれを行うこと。原文:『松本ナミ家文書』「役場執務・寺社一二の二の(六)」(横浜開港資料館蔵) kameno意訳
細かく規定された書式の範囲で、絵師の特徴が出た絵図が全国各地で描かれました。
また、同じ貞昌院の絵図でも、寺院所蔵版と役所提出版を比較してみると、山の描き方、屋根の陰影の描き方など、細かい点で差異が見られます。
せっかくデジタルデータ化したので、2つの画像を重ねてみました。
本堂、庫裏といった主要部分については、きちんとトレースされています。
けれども、周囲の建物、参道など主要な建物から遠くなるにつれて寸法の差異がでるようです。
山の尾根線などはだいぶ違っています。
両者の差異を詳細に見ていくとさまざまな発見があります。
日本は自然災害の多い国です。
東日本大震災、新潟の水害、台風12号による土砂災害等々、特に今年は数百年ぶりの自然災害が相次いで発生しました。
また、木造建築は火災等で失われる危険性も高いものです。
そのことを前提として、天災地災など、不測の事態に対応できるように配置図を国策として作成させ、その図面を保存するということが行われていたという事実は重要な意味をもつものであります。
■関連ブログ記事
貞昌院の絵図が金沢文庫に