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これ、何の形に見えますか?
カマキリの頭・・・・・?
大黒尊天の持つ打出の小槌・・・・・・?
これは、烏瓜(カラスウリ)の種子なのですが、ユニークな形をしていますね。
烏瓜は花の形も独特です。白いレース編みのような不思議な形。
そして秋には真っ赤な実となります。
実の中には、このような種がたくさん詰っています。
昔の人はこの種子を、手紙を細く折りたたみ結んだ形と捉えました。
烏瓜の別名 「玉章・玉梓(たまずさ)」は「結び文」から来ています。
たまずさ[―づさ] 2 【玉▼梓・玉▽章】〔補説〕 「たまあずさ」の転。古代、使者が手紙を梓(あずさ)の木に結びつけて持参したことから
[1] 手紙・便りの美称。
[2] 料理で、材料を結び文のように結んだもの。
[3] 〔補説〕 形が結び文に似るところから カラスウリの種子。
[4] 使い。使者。
(大辞林)
花言葉は 「よき便り」
なんだか幸せを運んできてくれそうな種子です。
種子の話題をもう一つ。
境内の柘榴(ざくろ)の木には、こんなにたくさんの実が成りました。
まるで ルビーのような鮮やかな輝きが実に美しい。
柘榴石というとガーネットのことですが、ガーネットには様々な色のバリエーションがあり、高品質なものはルビーのような鮮やかな赤となります。
それこそ柘榴石の柘榴石たる由縁ですね。
柘榴の花言葉は 「円熟の美」「子孫の守護」
梓の木に手紙を結びつけて送られたのは、恋文でしょうか?
郵便局でもらえる「かしこ」という小冊子があります。
こんな手紙を貰ったら嬉しいだろうな、と思わせる
手紙がいろいろ紹介されています。
私も、手紙・はがきには、封筒、便箋、切手に気を使って
いますが、その返事が電話一つと言うことも多いです。
投稿者 宇門 | 2007年10月25日 05:50
前にCMCについて書かれていましたが、あれを読んだとき思ったことは、この掲示板にしてもしかりですがいわゆる「文通」なんだということです。
手紙なら紙ですからいろいろな演出で、心を届けられます。
CMCではかなり、文章を考え、顔文字、絵文字を駆使することで、なんとか伝えようと努力できますし手紙をおくるよりは早く、チャットでは文字で電話している状態になります。
どちらも顔も姿も見えないのですが、遠くの縁もゆかりも無い人々と共通の話題で結ばれるわけです。これは、悪事に利用される事はおいといて、素敵な事ではないでしょうか。
確かに、お顔を拝して対面づきあい、が一番だとは思いますが
それなら、手紙、メール、の意味がないように思います。
現代人はヒト同士、適当な距離感を取り合って付き合うのが下手なひとが多いので、どんなツールを使っても、誤解が起き易いのは仕方ないのかも・・?
投稿者 ゆが | 2007年10月25日 10:53
宇門さん
仰るとおり大切な手紙ですから恋文が多かったのでしょうね。
梓の木は版木に使われていましたし、古来から特別なことばに対して霊力をもつ植物であると信仰されてきました。「上梓」といえば特別な文(論文など)を印刷するという意味ですね。
だからこそ、恋文のような特別なことばを伝える際には、梓の木(杖)を持つ使者に託して伝達し、それが結び文を梓の木に結んで伝える習慣へと派生していったのだと思います。
人言を 繁みと君に 玉梓の 使も遣らず 忘ると思ふな 『万葉集』11巻
逢はなくは しかもありなむ 玉梓の 使をだにも 待ちやかねてむ 『万葉集』12巻
相手に伝えたいこと、喜ぶ姿を想像し、工夫して届けられる手紙は、時間と手間ひまはかかりますけれど文字情報以外に伝わることって多いですね。
ゆがさん
確かにCMCも素晴らしいコミュニケーションツールだと思います。このようにゆがさんとやり取りできるのもCMCの恩恵なのですから。
ただ、現代の状況は、まだCMCの進化・変化に私たちがついていけてない状況にあるように思います。
CMCは相手の感情を慮るのは受け手側の想像に依存する割合が極端に多く、さらに即時性を求められますから送り手と受け手のギャップが生じやすくなります。遠くの縁もゆかりも無い人では特にそのようになりがちです。
リテラシーの教育をしっかり行うことは必要でしょう。便利な情報伝達手段を有効に使いこなすためにも。
投稿者 kameno | 2007年10月25日 11:29
情報社会において読み書きする能力を磨く、あるいは教育をうける、ということですね。
パソコンは今や小学校で習うようだから、学校教育でそういった事をカリキュラムにくみこんでいけば、これからの人にとって有意義なものになります。
しかしPC社会の谷間にいる世代は多く、ワタシなんかもそのひとり。
ブログにあちこちお邪魔するようになって1年、だいぶ触りなれてきたけれどまだまだなので再教育が必要かも。
読み書きは・・国語好きと小説やポエムを書いていたので昔から好きでした。
でも看護学校の授業で論理学を学ぶのでレポート・論文作成に追われ、現場でもサマリーや研究論文に追われ、それまで自分が書いていたものと違うからかなりとまどいました。
つれづれなるままコメント長いので、kameno様もやきもきでしょうが、いつも最後まで読んでくださり、ありがとう。
ザクロの話が飛んでいってごめんなさい。
投稿者 ゆが | 2007年10月26日 10:24
ゆがさん
そうです。特にCMCは受け手の読み取り方が重要であると思います。
年代によって、環境によってCMCとの関わりかたは極端に差があります。慣れ親しんでいる人も、殆んど利用していない人もいます。格差があることも特長の一つですね。
そういう特徴を踏まえた上で利用することが大切なのでしょう。
コメントはどうぞお気軽に。
いつでも書き込んでいただくことが出来るのがブログの良いところなのですから。
投稿者 kameno | 2007年10月28日 02:07