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道祖神は塞神とも呼ばれ、その信仰は神話の「黄泉の国」の物語に由来しています。
天津国(あまつくに)の男神・伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が、美女神・伊弉冉尊(いざなみのみこと)を恋慕って、はるばる黄泉の国を訪れた。 玉殿には鬼神が門番をしていた。尊が玉殿に入ろうとすると、鬼神が拒んで玉殿の中に入れなかった。押問答していると、醜女が襲いかかってきた。尊は逃げ出した。醜女は執拗に追いかけてきた。尊は逃げながら、持ち物を手当り次第に投げつけた。物は地に落ちると、色々な植物や動物に変わった。なおも追い縋る醜女に、尊は携えてきた団子を投げつけ、醜女が団子を食らっている間に逃げのびようとしたが、団子を食った醜女は、かえって勢いづいてしまった。
狭いガケ道で、あわや、というところで、尊は手にした杖を醜女に投げつけた。杖は塞神に変身し、道を塞え切って、醜女は通れなくなったという。
このように、集落の入口の、峠・村境・道端に立って悪疫などの侵入を防ぎ、村人を守護する神・悪魔を追い払う神が、中国の道祖(道の神) と習合して道祖神となったと考えられています。
元々は、石像などは無く、ただ、三叉路とか、峠とか、そのような道の特別なところに、具象化されていないけれども、見えざる神様がそこにいらっしゃるという信仰だったのだと思います。
それが、後に、自然石を置いたり、神仏の名を刻んだり、石像を彫ったりして、次第に具象化していくようになります。
さらに、路傍の神の性格から猿田彦神や庚申信仰と結びつき、また、三叉路の「又」に由来し、性器をかたどった石を神体とするものや、男女二像がつくられることから縁結びの神ともなりました。
道祖神の信仰はほとんど全国多岐に見られるようですが、特に群馬・神奈川・静岡・山梨・長野で顕著にみられるようです。
ここ、永谷近辺にも、道祖神の中に、いくつかの双体像が見られます。
初期の双体像は僧形で、合掌し男女の区別が見られないものが多いようですが、時代を経るに連れて神像風のものが現れ、次第に人間らしさが増していきます。
神像の男女二像が出現してくるのは、中国渡来の陰陽道思想を男女二像に現したものであるとも考えられています。
また、下の写真↓の双体像は、男女が仲よく肩を組み合っている姿が彫られていますが、向って右側の女人像は妊娠している姿を表現しています。
妊娠している双体像は珍しいのではないでしょうか。
(前掛けがあるため、写真では分からないと思いますが)
顔の部分が欠損して、後にセメントで修復されているのが少し残念ですけれど、ほほえましい神様ですね。
道祖神は、集落を守護する神であると同時に、五穀豊穣、縁結び、子孫繁栄を願う神様であることが良く分かると思います。
もし街角で道祖神に出逢ったら、ただ通り過ぎるのではなく、是非、合掌一礼をしてご挨拶をされますことをおすすめいたします。
『ほあぐらの美の世界紀行』さんのサイトには、信州のほほえましい双体道祖神の写真たくさんあります。
双体道祖神紀行
中でも、 北小塩道祖神 (茅野市) は圧巻です。
こんなにも仲睦まじい道祖神は初めて見ました。