時間のながれ2

東日本大震災から1年3か月が過ぎました。
震災発生以降、同じ場所の記録の一部です。
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↑2011年5月25日 東松島市 野蒜駅の北、鳴瀬川/吉田川沿いの水田は まだ海水が引いていなかった。
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2011年8月26日 排水され散乱していた瓦礫が撤去されています。

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2011年10月26日 雑草が綺麗に刈り取られて土が掻き回されています。翌春には作付けができそうです。

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2012年6月18日 震災後初めて田植えが行なわれ稲が育っています。仙石線の列車は撤去されました。
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(左)2011年8月26日、(右)2012年6月18日。野蒜と宮戸島を結ぶ県道27号線から南側を望む。 
地盤沈下のため浸水しています。この付近には松島自然の家がありました。

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(左)2011年5月25日(中)2011年8月26日(右)2012年6月18日
宮戸島へ渡る松ヶ島橋。
2011年5月には電線工事が行われており、島に電気が通じるようになりました。
松ヶ島橋の前後はようやく舗装されましたが、本格的な復旧はこれからです。
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(左)2011年5月25日(中)2011年8月26日(右)2012年6月18日
宮戸島縄文村・漁協前の道路。
現在でも大潮になると海水が流入してきて50センチほど冠水していましたが、砕石を敷き詰めて嵩上げされました。
※2012年6月18日の写真は同一場所逆方向からの写真です。
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↑2011年5月25日 宮戸島月浜海岸

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↑2011年8月26日 宮戸島月浜海岸
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↑2012年6月19日 宮戸島月浜海岸

海岸にあった民宿を中心とした集落は瓦礫と化してしまいました。
瓦礫も砂浜も片付けられていますが、破壊された堤防はまだそのままの状態です。 

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(左)2011年5月25日(中)2011年8月26日(右)2012年6月18日
宮戸島大浜手前の水田 。作付けはまだされていません。
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(左)2011年5月25日(右)2012年6月18日
宮戸島月浜
言葉も出ないほどの状況でしたが、片付けられたあとに牡蠣養殖棚が並べられていました。
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(左)2011年5月25日(右)2012年6月18日
宮戸島月浜


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(左)2011年5月25日(中)2011年8月26日(右)2012年6月18日

宮戸島室浜。高台に仮設住宅が並び、鉄筋コンクリート3階建ての建物が撤去されています。
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(左)2011年8月26日(右)2012年6月18日

石巻市 木の家石巻水産の缶詰型タンク 。
通行の妨げにならない位置に移動されました。

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(左)2011年10月28日(右)2012年6月18日
石巻市 木の家石巻水産 。
缶詰の洗浄作業が一段落し、現在、直売所はここではなく、女川街道沿いの仮店舗にて営業しています。


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投稿者: kameno 日時: June 22, 2012 7:09 AM

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