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「是非、現在の門脇小学校を見ていってください」
石巻水産の社員Aさんの案内で、震災直後火災に見舞われてしまった門脇地区に向かいました。
門脇地区の非難指定場所は門脇小学校であったため、多くの方が車を使って避難し、校庭には車が並んでいました。
そこに津波が襲いかかり、駐車していた車同士が激しくぶつかり合った衝撃で火災が発生したとされています。
その火は小学校校舎にまで延焼してしまいました。
また、門脇地区の他の場所でも火災が発生し、延焼してしまっています。
(当時の記録写真を、本の工房 真羊舎さんのブログ、津波と火災の後の門脇町と南浜町で見ることが出来ます)
現在は、校庭の瓦礫は撤去されています。しかし校舎はそのままの姿で残されています。
焼けただれた教室の中も見ることが出来ましたが、教室内の写真は遠慮させていただきました。
震災直後、小学校の児童たちも多数学校に残っていましたが、先生たちが教壇を並べ桟橋を作り誘導により住民ともども裏山へ避難することができたため、たくさんの命が救われました。
この校舎は、震災の記憶を残し後世に伝えるために保存する方向で調整されているそうです。
反面、児童の多くが犠牲となった大川小学校は保存して欲しくないという意見が多く、恐らく取り壊しになるのではないかということでした。
その場所で家族、親族を失った方々にとって見るに耐えないものなのです。
そして、ここでは書くことが出来ませんが、ニュースでは報道されない様々な部分の話も多く伺いました。
「震災は建物だけでなく、人の心も壊してしまった」という言葉が重くのしかかります。
校舎北側にあるイチョウも、火災と津波の影響でだいぶ被害を受けているようです。
それでも沢山のギンナンを実らせていました。