ダイヤモンド富士を望む古墳群

今日から彼岸です。
お墓参りをされるかたも多いと存じますので、今日はお墓に関する記事を書いてみます。

港南区には幾つかの古墳が確認されています。
その多くは開発などにより失われてしまいましたが、唯一残されている古墳が(旧)港南台高校敷地内の舌状台地南斜面に位置する松ヶ崎横穴古墳群です。

 

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(図は『港南の歴史』昭和54年 港南の歴史発行実行委員会編 P53より引用)


古墳時代(畿内では3世紀後半から7世紀)にかけては、弥生時代から発生した稲作などの農耕生活により生じた貧富の差や階層分化が生まれはじまりました。
また、鉄器の普及により耕地は拡張され、経済力の上昇により国家としての統治形態が整い始め、発生した支配階級がより明確になりました。
地域共同体の司祭的な首長がその地位を確固たるものとするために、土を盛り上げて作る前方後円墳や前方後方墳などの古墳が多く作られたため古墳時代と名づけられています。

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©蛙男商会


首長よりも地位が低位の人びとや一般庶民は山の斜面に横穴を設けて埋葬していたようです。

その一つである松ヶ崎横穴古墳群の付近は武相国境の分水嶺に位置し、北東へ流れる川は日野川・大岡川を経て東京湾に注ぎ、南西に流れる川は稲荷川・鼬川・柏尾川となり相模湾に注ぎます。
この分水嶺の西側、現在の鍛冶ヶ谷付近には「たたら場」の遺構が数多く点在し、また現在の港南環境センター付近の一帯には港南台遺跡として縄文時代中期以降の住居跡が発掘調査されています。
(なお、港南台遺跡住居群は港南台開発のために既に失われてしまっています)

 

 

集落があるということは埋葬する場所があるということで、先に述べたように港南台周辺には松ヶ崎古墳群(横穴式古墳群)が形成されていったのです。
この松ヶ崎横穴古墳群は、武相国境分水嶺の舌状台地南斜面につくられていますので、見晴らしがとてもよく、真西には富士山を望むことができます。
秋彼岸入りの頃には、夕日は富士山の山頂に沈みます。ダイヤモンド富士です。

 

今年の彼岸入りの日(9月20日)にこの松ヶ崎古墳群近辺から見られるであろうダイヤモンド富士をシミュレーションしてみました。

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なお、昨年はこのように美しいダイヤモンド富士を望むことができました

松ヶ崎古墳群がこの位置に作られたということは、彼岸の入りにこのような光景を望むことができる場所であるということと少なからず関係があるように思えます。
港南区で一番と言っても過言ではないほど見事な光景が見られるのです。

お墓参りの後、もしも天気が良さそうでしたら、是非足を運び古来の方々に手を合わせていただくことをおすすめします。振り返ると見事なダイヤモンド富士が見られるかもしれません。
(ただし古墳群の中に無断で立ち入ったり付近の住民に迷惑となる行為は慎みたいものです)



追記
港南区で唯一残されている松ヶ崎古墳群も、残念なことに徐々に崩れはじめてしまっています。
このままでは遠くない将来に完全に消滅してしまうことでしょう。
その価値を認め、適切な保存管理がなされることを望みます。

投稿者: kameno 日時: September 20, 2010 3:42 AM

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