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これまで農業はつらい仕事だと思っていたけれど、日本の農業はそのようには見えなかった。 とてもお洒落な服を着ているし、効率的に作業を行っている。モデル農場として、まずは実践し、その方法をみんなに広めたい。
例えばポプラの防風林。
モンゴルでは強風から板製の防風壁で守るけれども、ポプラ並木で防風するということを広めるために苗木を育て、無償で周囲に配っている。
(GNCモンゴル・ツォゴーさんのことばより)
ツォゴーさんが運営するGNCモデル農場は、ウランバートルの南西約30?のトーラ村にあります。
モンゴルの農業の歴史は浅く、1950年代にはソ連から農業技術がもたらされ、ソホーズ(国営農場)、コルホーズ(国有地を無償で使用する組合農業)が行われていました。
その後、1990年以降の民営化により農地が私有化され細分化されていきましたが、乏しい技術力のためにうまくいかない農家が立ち行かなくなる事例が頻発。
モンゴルは、そもそも遊牧方式による牧畜生産が主力となっている国ですから、米、野菜、果物などの生産に関する技術力は必ずしも高いとはいえません。
このことが、食糧供給不足を引き起こす原因にもなっており、栽培技術、生産性向上が求められています。
そのような中、ツォゴーさんは1995年に青森県車力村(現つがる市)への農業研修生とともに同行通訳として来日、寒冷地農業の技術に触れたのがモデル農場を始めるきっかけとなったそうです。
車力村の支援を受けながら1999年より、モデル農場がスタートしました。
冬には氷点下40度にもなり、強風が吹く地での農場運営は非常に困難であることは容易に想像できます。
困難に立ち向かう工夫の数々を、この農場で垣間見ることが出来ました。
■ポプラ並木による防風林。
(左)まずモデル農場の周囲に防風林をつくり、その効果を皆に伝えたい。そして苗木は無償で配付しているそうです。
(右)日本製のネット。作物の防風のほか、防風林として植えられているポプラを守るために設置されています。設置しているのは夏休みの学生たち。
■積極的な機械の導入
中国製やロシア製などさまざまな国の機械がありました。表示言語はそのままでも全く問題ないそうです。中古で購入した機械にはこのようなステッカーも。(つがる市付近の不動尊ですね)
新しい機械の動向はインターネットや実際に現地に渡り情報収集を積極的に行っているとのこと、日本語をはじめ、言葉の習得は非常に大切なことであることがわかります。
■地下水をくみ上げ自動的に散水する設備
パイプの溶接も技術を習得して自ら行っているそうです。
スプリンクラーの種別、原産国もさまざま。
■「人を育てる」設備としての宿泊施設を備えた多目的施設。
当初は豚舎として作りましたが、2004年よりこのような長期滞在による実地研修や、環境保護を学ぶエコ教室が行われる施設に改造されました。
壁には「みんなで砂漠化を防止しましょう!」のポスターも貼られていました。
7-8匹いたでしょうか、私たちの足元に絡み付いてきて歓迎してくれました。
時々野菜の苗をいじってしまう、ちょっと厄介な問題が起きているそうです。
最後、農場を後にする私たちの車を途中まで見送ってくれました。
アンテナを常に広げ、モンゴルに適した農業のありかたを常に探求し、環境教育を展開するツォゴーさんの真摯な姿勢に感銘しました。
日本では第一次産業が敬遠されていますが、日本の若者にも是非、この農場を体験して欲しいものです。きっとお互いの国の農業発展のために大いに貢献することでしょう。
私は当初は農業の専門家ではなかったため失敗も多かった。
ようやく、ここ数年で目に見える結果が出せるようになった。
今年はさらに良い結果を出せると思う。
(GNCモンゴル・ツォゴーさんのことばより)
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