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2021年8月 9日
昭和20年8月9日、76年前のこの日、アメリカ軍が長崎市へ投下した原子爆弾は、午前11時02分長崎市上空で炸裂しました。
広島に続き、実戦で使われ市街地に投下された2発目の核兵器でした。
長崎の当時の人口は約24万人。
そのうちの、実に14万9千人が死没。建物の約36%が全焼または全半壊という、まさに壊滅的な状況でした。
お亡くなりになられた方々に心より哀悼の意を表します。
あまりの惨状に、今後20年は人も住めないし植物も生えないだろうと言われていた街も、今は原爆が投下されたことすら想起させないほどに復興しています。
けれども、原爆投下という事実は決して風化させてはいけません。
長崎、9日原爆の日 76回目、﹁核禁止条約へ参加を﹂
長崎は9日、76回目の原爆の日を迎えた。
爆心地に近い長崎市松山町の平和公園では、午前10時45分から市主催の﹁長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典﹂︵平和祈念式典︶が開かれ、被爆者や遺族、菅義偉首相ら約500人が参列。原爆投下時刻の午前11時2分に合わせて黙とうし、犠牲者に祈りをささげる。
市内では8日夜、キャンドルに火をともして犠牲者を追悼する﹁平和の灯︵ともしび︶﹂が予定されていたが、台風9号の影響で中止となった。
式典では、田上富久市長が平和宣言で、被爆者がつづった手記を引用し、核廃絶への思いを伝える。日本政府に対しては、1月に発効した核兵器禁止条約への署名・批准を求め、条約の第1回締約国会議にオブザーバーとして参加するよう訴える。
核保有国間の軍拡の動きに危機感も表明。﹁平和の文化﹂を広め、核廃絶と恒久平和の実現に向け力を尽くす決意を示す。
また、7月末までの1年間に死亡が確認された3202人の名前を記した原爆死没者名簿3冊を奉安する。死没者数は18万9163人となる。
新型コロナウイルス感染症対策のため、昨年同様、参列者席を例年の1割程度に縮小。開式前の被爆者による合唱を中止し、小学生や高校生による式典中の合唱は人数を減らして行う。式典に関わる職員は事前に抗原検査を済ませた。
式典には、米ロ英仏中とインド、イスラエルの核保有国7カ国の代表が出席し、パキスタンは欠席する予定。市には7日時点で64カ国から出席の回答があった。国連や欧州連合︵EU︶など三つの国際機関の代表も参列する予定。
︵Yahoo!ニュース2021/8/9配信︶