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2008年11月16日
前の記事の続きです。
第24回世界仏教徒会議日本大会︵主催‥WFB、世界仏教徒連盟︶における﹁仏教者の社会問題解決への貢献﹂についての7つのシンポジウムのうちシンポジウム2とシンポジウム6を聴いてきました。
■シンポジウム“Symposium”
11月15日 12時?第1部︵1?4︶
◆シンポジウム2仏教的社会開発
コーディネーター奏辰也︵近畿大学教授︶
袴田俊英、ダショ・カルマウラ、アラン・セノキー、プラマハ・ブンチャイ
ブータンにはGNHという指標がある。
これは、
・living standard︵基本的な生活︶
・cultural diversity︵文化の多様性︶
・emotional well being︵感情の豊かさ︶
・health︵健康︶
・education︵教育︶
・time use︵時間の使い方︶
・eco-system︵自然環境︶
・community vitality︵コミュニティの活力︶
・good governance︵良い統治︶
を基にして算出した国民総幸福度を図る指標である。
仏教の六道に餓鬼があるが、これはまさに飢えた亡霊といえる。
豊かに見えるアメリカ社会を見ても、映画スターの大豪邸の直ぐ脇に不法労働者のスラムが広がる。
トゥルーマン大統領︵原爆投下の指示を出した大統領であることを忘れてはならない︶は、巨大企業、多国籍企業の利権を第一に考え、開発を進めてきた。
しかし、幸福と経済的な開発とは無関係なものである。
欲求は人を幸せにはしない。
<そして、現在大企業が寄付や事前行為を行っている際に、その裏に隠されている﹁意図﹂を見抜くことも大切>
I shop therefore I am ・・・・ 私たちは﹁目的﹂のために買い物をするけれど、逆に﹁買い物という行為自体を﹂目的とすることもある。
地方の村落までコンビ二が建てられているが、例えば子どもをコンビニに連れて行き、﹁何が欲しい?﹂と聞くことは欲を作り出すこととなり、仏教の教えと逆行してしまうのではないだろうか。
経済的悩みが自殺の主な原因と考えられていることから、経済格差が自殺者を増加させているともいえる。
日本の仏教は、厳しい戒律を持たないがその分衆生に近い視点で﹁苦﹂を考えることが可能である。
大量救済兵器という支援
すべての消費行動において、10%の支援をするだけで、世界中の貧困層への支援をすべてまかなうことができる。
大きく誤解されがちな点は、﹁大規模の農場﹂よりも﹁小規模の農場﹂のほうが収穫の効率、作物の生産性が3乃至5倍も高いということである。
﹁顔の見える﹂範囲でのローカルコミュニティーの農業は、決して不可能なことでもなく、非能率的なことでもない。
ワーキングプアの増大にどのように対処するべきか。
故郷への快気により、農業は大都市の労働の担い手ともなりうる。
ほとんどの貧しい人は土地も持たず、また、国が所有権を握っている国もある。
まずは富がどのように集中しているかどうかということを理解し、経済への無知を無くし、知らしめるということがまずは必要である。
そのような働きかけにより、国民の力が合わさり、大きなムーブメントとなり国家を動かす原動力となる。
今後行うべきことは、知識、態度、行動の再構築。
KAP (Knowledge, Attitudes and Practices)と呼ばれる
K=知識
A=態度
P=行動
これを K⇒A⇒P の順序で行うことが大切。
逆に、P︵行動︶から始めてしまう事例が多いが、それでは、例えば﹁僧侶を尊敬しなさい﹂と言われても﹁なぜ尊敬しなければならないのか﹂﹁どういう態度をとらなければならないか﹂が伝わらない。
まずは、正しい知識の伝達が必要なのである。
■シンポジウム“Symposium”
14時30分?第2部︵5?7︶
◆シンポジウム6仏教による人材育成
コーディネーターアヌルット・ボンバンジー︵WFBY世界仏教青年連盟会長︶
野田大燈、テンプル・スミス、マンゲッシュ・ダヒワレ、オン・シィー・ユー
このシンポジウム6の共通項は、皆が仏教徒であるということ、若者と関っているということ
仏教発祥の地、インドにおいては、Dr. Ambedkar により仏教の復権がなされた。インド憲法には仏教の素養が盛り込まれ、女性の地位向上が試みられ、仏教こそが差別解消、解放の源となるものと考える。
インドにおいては、現在も警察に届けられているだけで見ても年間26,125もの犯罪、1,172ものレイプが起こっている。(India National Crime Record Bureau,2005)
インドは若者社会である。青少年が仏教を広めることを推進するようになってから、若者が多数参加するようになった。
日本では逆に少子高齢化社会である。
若者にはニート、引き篭もりという現象が起こっている。引き篭もりとニートとは違う。
国は最近まで﹁引き篭もり﹂が存在することを公式に認めていなかった。
仏教は﹁思い通りにならないこと﹂を説く
親たちは﹁思い通りにしてあげる﹂ことが子育てだと考える
この矛盾した状況を容認してきたことは、仏教徒の怠慢である。
子どもたちは規律を嫌うけれども、自然の法則は規律によって成り立っている。
仏教には人を変える力がある。
アメリカでは、約100年の仏教の歴史があるが、仏教を通じて心理的効果をめざしたり、瞑想だけでなく、疑問、悟りへの実践として仏教が考えられている。
また、公立高校が、仏教の瞑想に門戸を開いているということも興味深い事実である。
同様に、刑務所、病院でも積極的に仏教の瞑想を取り入れている。
︵ただし、成績向上、ストレス解消、集中力をつけるという、現世利益的な受け入れられ方であるというところは注意が必要︶
Intensive Retreats の7日間のプログラムには、口コミで多くのティーンエージャーが集まる。
数回通うことで自らを仏教徒と名乗るまでになる。
その内容は7時の起床から22時の就寝まで、坐禅、ヨガ、ワークショップ、法話などがびっしりと詰まったもので、ワークショップの内容も戦争、非暴力、社会構造、ジェンダー、人権、階級など多岐にわたる論議もなされる。
アメリカ社会では、保守的と考えられている州であっても、子どもたちに良いものだという評判があったり、一度通わせて良い結果になると、親たちが積極的にこのようなプログラムに参加させるという土壌がある。
逆に、日本では、仏教アレルギーのようなものがあり、これをどのように解決していくかが問題となっている。
アメリカでは仏教が求められ、仏教国の日本では、逆に求められていない現状がある。
結論らしきこと
仏教の将来は若者にかかっている。
全てのエネルギーを注いででも若者を育てていくことが必要。
そのための人材育成において成功する共通項は
弱みである
・ボランティアになりがちであり、仕事の合間に行うようになりがち
・宗派間の協力体制が弱い
・一部の狂信的宗教によるマイナスの影響
・ポップカルチャーからの影響
・僧侶ではなく一般信徒による指導になりがち
・財政的な支援をどのように確保するか
・性差別問題をどのように解決するか
に対し、如何に強いビジョンをもって対処し、
強みである
・長く培われてきた伝統という強み
を生かし、強いリーダーシップを持ちつつ、情報、マスコミ、インターネットなどの活用を行いながら活動を推進していくことであるといえる。
ニート、引き篭もりを3ヶ月で自立させる力を仏教は持っている。これは九旬の期間と一致する!
仏教徒会議最終日(16日︶には世界平和法要、お練りが浅草寺にて行われます。
伝法院から法要の行われる本堂まで地元の子どもたちの稚児行列を先頭に、各国から参加した僧侶、仏教徒が色とりどりの法衣を身にまとい、浅草の町を練り歩きます。
浅草寺では、本日まで記念ご開帳も行われています。