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9月1日は大正12年9月1日に発生したマグニチュード7.9の関東大震災にちなみ、防災の日と定められています。
昭和35年に制定されて以降、防災対策、防災訓練など、防災に関する行事が実施されるようになりました。
101年前の関東大震災では、震源に近い関東南部の広範囲にわたり甚大な被害が発生しました。
特に、地震が昼食の時間帯と重なったことから至る所で火災が発生し、死者・行方不明者は10万5千人余と推定されます。
「関東大震災に遭遇し、火災旋風などの調査に従事した物理学者、寺田寅彦氏は「天災は忘れられたる頃来る」と常々周囲に話していたそうで、その言葉は今でも格言として人々の心に刻まれています。
当ブログにおいても、これまで関東大震災関連の記事を書いてきました。
右の「serch」欄に「関東大震災」などのキーワードで閲覧することができます。
震災を含め、災害の記憶は年月を経るごとに薄れていき、防災意識も低下しがちです。
先日発生したカムチャツカ沖地震では、津波の避難指示が出された地域で、対象住民の1割程度しか避難されなかったということです。
カムチャツカ地震で津波避難、対象の1割...6道県で8万人超
7月30日にロシア・カムチャツカ半島付近で起きた地震の津波に伴い、避難指示が出された北海道~茨城県沿岸の自治体で、避難所・場所に避難した人は計8万人超に上ることが読売新聞の調べでわかった。避難指示の対象住民数の1割程度で、近くの高台などに向かった人も一定程度いたが全体的に避難者は少なかったとみられる。地震は午前8時25分頃に発生。気象庁は当初、太平洋沿岸などに津波注意報を出したが、同9時40分に北海道~和歌山県の注意報を津波警報に切り替えた。総務省消防庁によると、北海道~沖縄の21都道県229市町村の計約201万人に避難指示が出された。
調査は今月、比較的高い津波が観測され、第1波の到達時間も早かった北海道、青森、岩手、宮城、福島、茨城の6道県90市町村を対象に実施。「避難指示対象住民数」と「自治体が避難所・場所で把握した人数」を尋ね、全自治体から回答を得た。
その結果、自治体指定の避難所などに避難したのは計8万1634人に上った。避難指示の対象住民数を把握している77市町村に限ると、避難者数の比率は9・3%だった。道県別では、北海道11・8%、青森7・1%、岩手13・2%、宮城8・5%、福島4・6%、茨城1・5%。
市町村別では仙台市の111・9%が最も高く、北海道釧路市97・1%、むかわ町96・2%と続いた。仙台市や釧路市では、観光客や在勤者も一定程度おり、避難者が膨れ上がったという。一方、茨城県鉾田市、日立市は1%未満で「念のため避難指示を広範囲に出したため、対象住民数が多くなった」としている。
いずれの自治体でも、指定避難所以外の場所(高台、公園、商業施設、親戚宅など)に移動した住民も少なくなかったとみられる。
北海道内の避難状況を分析した、日本赤十字北海道看護大の根本昌宏教授(寒冷地防災学)は「住民の3割は避難行動を取っていたとみられ、避難所以外に分散した傾向がうかがえた。自治体にとっては、配慮が必要な住民の避難先をどう把握し、支援するかが課題となる」としている。
(Yahoo!ニュース 2025/8/29配信)
はるか遠方で発生した地震で、実感がないこともあったのでしょうか。
避難指示の範囲が日本列島全域にわたり長時間続いたことももあり、交通機関が長時間運休になったり、影響は大きかったのですが、避難に関する意識は高く無かったことが問題視されています。
関東大震災から101年。
関東地方では平穏な期間が続いていますが、「天災は忘れられたる頃来る」を常に肝に銘じておきたいものです。