« クロームキャストを使ってみる | 最新記事 | ラブジョイ彗星がみごろ »
年末年始にかけて新聞紙上ではさまざまな分野のコラムが掲出されます。
そういうコラムを読むことが楽しみの一つとなっておりますが、その中で、仏教関連業界紙「仏教タイムス」紙に掲載されていたコラムをご紹介します。
「仏教タイムス」平成27年(2015年)1月1日号の特集「戦後70年 オピニオン」です。
そこに、ネット界では知らない人は居ないというほど有名なリア住、「蝉丸P」師のコラム「仏教とポップカルチャー ~"やっつけ仕事ほどよく伸びる"傾向」が掲載されていました。
全文は「仏教タイムス」紙を購読いただくとして、まずはその一部を。
<前略>
これらの仏教を取り巻くボップあるいはサブカルチャー的なモノが果たして仏教の周知や布教などにどのような役割を果たすか、宗門や僧侶はどのように活用すべきかというお題を頂いておりますが、このような問いに関していえることは、話のフックとしては活用できるが、それ以上のモノにはなりえないというのが個人的な回答でして、普段あちこち徘徊しているインターネットでの活動経験から申しますと「真剣に取り組んだり予算をかけたモノほど失敗・炎上し、やっつけ仕事や隙のあるモノほどよく伸びる」というのがあります。
在家から僧侶になった人や、向学心の強い僧侶が住職になった時によく見られる傾向でもありますが、肩に力が入ればはいるほど聴衆は寄りつかないものでして、法話やお便りなどに力を注いでも檀家さんの反応は芳しくない、それでは!とネット上に自坊のホームページを作ってみても掲示板には論戦をいどんでくるモノや、時間をかけて質問に付き合っても礼の一つもなく罵倒や炎上騒ぎ、果ては「貴方のような人が僧侶とは」といった謎の上から目線の嵐で、ネット上で力尽きる若手や中堅住職を多数見かけます。
<中略>(「仏教タイムス」2015/1/1 「仏教とポップカルチャー ~"やっつけ仕事ほどよく伸びる"傾向」(蝉丸P)より引用)
まったく同感です。
準備万端、予算もたっぷり掛けて大々的に作り上げたコンテンツが必ずしも成功していないという現実があります。
記念行事や大会などの事業もそうですし、布教活動の一つ一つもそのような事例は数え切れないほどあります。
送り手側と受け取り側が咬み合わないということも多々あるのでしょう。
インターネットのホームページやブログなども、最初はとても気合の入った記事が並んでいるサイトでも、だんだんとフェードアウトしていってしまう事例も多くあります。
せっかく始めたことが一時限りで終わってしまうというのはとても残念なことです。
肩肘を張らず、身の丈を越えて負担のかかるようなことは避け、いかに持続性を持たせることができるか、受け手の目線で発信できるかが鍵となりましょう。
特に、発信側が楽しんで行なうことができるか否かは重要なことです。
発信側が楽しまなければ、受けても楽しくはないでしょう。
蝉丸P師のネット法話を例に取れば、それがネット民に支持されるという理由は、仏教の概念を自身がきちんと咀嚼した上で、それをニコニコ動画のスラングやアイドルマスターなどの用語に臨機応変に的確に置き換えることができていることが理由でしょう。さらにそれを自分のチャンネルで発信できるということは、本当に凄いことだと思います。
「肩に力が入ればはいるほど聴衆は寄りつかない」というのは正にそうだと思います。やっつけ仕事といえば聞こえは悪いですが、発信側が楽しんで行なっていることは、受け手側も心地よく受け容れることができる傾向にあるようです。
<前略>
アニメやゲームなどの媒体は「仏教」そのものではなく、仏像や諸尊をキャラクターとして用いるゲームは多々ありますが、東洋風を演出するためのアイテムとして以上の意味は持たせないというのが漫画以外のメディアに見られる傾向で、TV番組に至っては特に顕著で、テレ朝系列の「ぶっちゃけ寺」のように撮影時に真面目な話をしても、そのへんは全て編集でカットされ雑談部分や、感情的なやりとり、暴露などに重きがおかれ、総じて僧侶を笑いものにするような構成になっており、ポスト「瀬戸内寂聴」や「織田無道」的なポジションの僧侶を芸能事務所が欲しているような話も聞きますが、総じて規模の大きなメディアになるに従って宗教色を削いだ内容になっていきます。
<中略>
(「仏教タイムス」2015/1/1 「仏教とポップカルチャー ~"やっつけ仕事ほどよく伸びる"傾向」(蝉丸P)より引用)
最近、テレビ番組に僧侶が出る番組も増えてきました。
お坊さんバラエティー「ぶっちゃけ寺」は、近日ゴールデンタイムで3時間スペシャルを放映するようです。
しかし、指摘されているように、「撮影時に真面目な話をしても、そのへんは全て編集でカットされ雑談部分や、感情的なやりとり、暴露などに重きがおかれ、総じて僧侶を笑いものにするような構成になっており」という部分は、視聴者側はとくに心しておく必要がありましょう。
民法テレビはスポンサーがあり、視聴率の取れる番組構成が求められます。
これにより、仏教の本質が損なわれ、バラエティー的な要素のみが強調されるということは、決して好ましいことでは無いと考えます。
ここに紹介しなかったコラムもとても読み応えがありました。