フクシマが全てを変えた

福島第一原子力発電所の事故は、各方面に影響を与えています。


福島第一原子力発電所で事故が発生した直後の2011年3月27日、ドイツ南西部バーデン・ビュルテンベルク州で州議会選挙が行なわれました。
争点となったのは、やはりドイツ国内の原子力発電所の安全性。

この選挙で、脱原発を掲げる同盟90/緑の党(Bündnis 90/Die Grünen:以下緑の党と表記)が大躍進を遂げたニュースは記憶に新しいところです。
緑の党の得票率は24.2%で前回選挙に比べてほぼ倍増、得票率23.1%の社会民主党(SPD)と合せて過半数の議席を獲得し、緑の党による連立政権による初の政権交代となり、州首相には、緑の党の州議会議員団長ウィンフリート・クレッチュマン氏が選出されました。

せっかく渦中のバーデン・ビュルテンベルク州の州都、シュトゥットガルトを訪問する機会を得たので、中央駅周辺を歩いてみました。

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このように駅前のフェンスには、反原発、再開発反対のメッセージが多数掲げられています。

緑の党が ドイツキリスト教民主同盟(CDU) を押さえ勝利をもたらした主な原因は、反原発の他に、もう一点、 シュトゥットガルトの再開発計画 Stuttgart21への「待った」が挙げられます。
この再開発計画は、シュトュットガルト中央駅を地下化して、駅周辺の交通網を大改造することが主軸となっています。

現在のシュトュットガルト中央駅は、喩えるなら一昔前の上野駅のように終着駅の構造となっています。
これを、地下化して、反対方向にも路線を延長し、周囲の交通網とリンクさせること、地上には大規模な再開発ビルを建設する計画でした。

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この再開発計画は1988年に Gerhard Heimerl氏により提唱され、2010年には工事がスタートしました。
しかし、緑の党の連立政権が誕生したことにより、2011年3月29日には工事は中断を余儀なくされます。

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(左)駅前再開発工事現場を望む
(右)駅前に積まれたままのコンクリート廃材・・・その工事フェンスの様子が冒頭の写真です。

 

この再開発を巡っては、大規模なデモや対立が度々繰り返されています。
私たちがシュトゥットガルトに到着した一週間前にも、デモが駅前で行われていたそうです。


メルケル首相は、原発稼働年数の延長を目論んでいたはずですが、脱原発を掲げる緑の党が大躍進を遂げたこともあり、反原発への方向転換を余儀なくされました。
まさに、「フクシマがすべてを変えた」ということなのでしょう。


ドイツでは、脱原発法がついに成立しました。
これにより脱原発の動きが確固たるものになりました。

 


ドイツ:脱原発法が成立 国内17基、順次停止へ
 
ドイツ連邦参議院(上院)は8日、2022年までに国内17基の原発を停止する改正原子力法案に同意した。既に連邦議会(下院)が先月30日に可決しており、これで正式に「脱原発」が法的に成立した。福島第1原発の事故後、運転を停止している旧式の8基はこのまま閉鎖する。残る9基については、15、17、19年に各1基、21、22年に各3基を順次停止していく。
(毎日新聞 2011年7月8日 20時40分)

投稿者: kameno 日時: 2011年7月10日 18:35

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