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折角ベルリンを訪れたのですから、ベルリンの壁は見ておかなければなりません。
ということで、EAST SIDE GARELLYを歩いてきました。
禅僧、ベルリンの壁を行く・・・・
ベルリンの壁は、現在シュプレー川沿いの約1.3kmが保存されている他は、ほとんどの壁が取り壊されてしまっています。
こんなにも薄い壁が都市を分断していたのですね。
壁の基礎はL字型の下のコンクリートとなっていますが、東側の方がずっと幅が広がっています。
穴を掘って地下から逃亡できないように対策されているのです。
日本地区への迂回路という作品には、民度の低い国の旅行者から落書きがされていました。
残念なことです。
↑こちらはポツダム広場前のベルリンの壁。
壁のあった場所にはレンガによって位置が示されています。
第二次世界大戦後、ドイツはアメリカ、イギリス、フランス、ソビエト連邦の4ヶ国による占領を受けることになりました。
このポツダム広場は、一面の瓦礫から復興し、新しい街並みとして蘇っています。
ソ連で発生したペレストロイカによって民主化を求める声は強さを増し、1989年11月9日、ついに東西冷戦の象徴となっていたベルリンの壁は崩壊しました。
このニュース映像で有名になったブランデンブルク門は、今や多くの人びとが自由に行き交う観光地となっています。
冷戦時代には、このような光景は想像がつかなかったことでしょう。
ブランデンブルク門の直ぐ南には、ホロコースト記念碑(Denkmal für die ermordeten Juden Europas)広場があります。
悲しい人類の過ちの一つです。