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東京都婦人会研修会が東京グランドホテル(曹洞宗檀信徒会館)を会場に開催されました。
(人権学習講師として僭越ながら私がお話させていただきました)
3階桜の間の会場は満席となり、活発な活動の一端を垣間見ることが出来ます。
曹洞宗の掲げる人権・平和・環境は密接に係りあっています。
人権について学ぶということは、同時に平和、環境について学ぶということになります。
そして、学んだことを如何に実践につなげ、広げていくことが大切です。
一つの事例をご紹介します。
一昨年のSOTO禅インターナショナル講演会がきっかけとなり、とある県の婦人会で映画「GATE」上映と平和の火についての研修が行なわれ、さらにそこから小学校での平和学習へと繋がりました。
先生・児童たちがシナリオを考え、禅僧たちの平和の行脚を劇にして全校平和集会で演じられました。
このときに折られた千羽鶴は大船観音に届けられ、昨年のゆめ観音で贈呈式が行われ、平和の火の塔の前に掲げられています。
中国新聞社加盟の日本世論調査会が2001年6月30日、7月1日の両日に実施した全国世論調査では次のような分析がなされています。
女性の平和志向の強さは、多くの草の根運動で中高年女性が中心を担っている現状にも反映されている。調査結果は、新世紀に入っても広島、長崎の被爆体験の継承で、女性が重要な役割を果たしていくことを示唆しているといえよう。
戦争体験、被爆体験を伝え、平和を訴える原動力は、やはり女性にあるようです。
その拠点として寺院はうってつけの場所です。
寺院に人が集い、平和のこころを広げる拠点として、そして女性のパワーを原動力として進めていくことができるはずです。
分析はつぎのように続きます。
ただし女性も、若年層の問題意識の希薄化を免れていない。核兵器廃絶運動について「関心も参加したこともない」は二十、三十代で男女とも23―25%。四十代以上のほぼ全世代を明確に上回った。若い女性の核兵器廃絶に対する無関心が今後も続けば、日本の平和運動の担い手がますます少なくなっていく事態は避けられそうにない。
『広辞苑』の「平和」項を引くと、次のように出ています
①「やすらかにやわらぐこと。おだやかで変りのないこと。」
②「戦争がなくて世が安穏であること。」
平和とは、このように社会の状態が戦争や内乱などで乱れていないことをいいます。
けれども、現実は国家の抑止力、とりわけ世界中に少なくとも3万発はあるとされる核兵器の脅威が抑止力としてようやく均衡を保っている状態であります。
史学的には平和とは戦争と戦争の間の期間(interwar)と表現されることがあり、即ち平和とは次の戦争までの狭間期という見方もできます。
戦後日本では、軍国主義の反動から非武装平和思想が生まれ、教育機関・市民運動などによって広められてきました。しかし、日本は周辺国から領土問題をはじめ様々な脅威にさらされていると同時に、アメリカ軍の駐留と自衛隊組織により平和を維持しています。
とはいえ、65年間に亘り戦争をしなかったという平和国家は世界で幾つあるでしょうか。
また、原子爆弾投下という体験を持つ国として、日本の果たすべき役割は大きいと思います。
大切なことは、戦争体験、被爆体験を風化させないことです。
次世代にきちんと伝えていくことの大切さ、寺院が重要な拠点となるということをを中心として研修会ではお話させていただきました。
Kameno先生の人権学習......私も一度は拝聴させていただきたいです(^^;
レジュメだけでもデジタルでご提供いただけないでしょうか?
投稿者 叢林@Net | 2010年10月 8日 00:16
叢林@Net 様
私にとっても資料をまとめる良い機会となりました。当日配付させていただいたレジュメにつきましてはお送りさせていただきます。
投稿者 kameno | 2010年10月 8日 16:59