檀信徒旅行(奈良)報告(3)

■法相宗・薬師寺

所在地 奈良県奈良市西ノ京町457
宗派 法相宗大本山
本尊 薬師三尊(国宝)
創建年 天武天皇9年(680年)
開基 天武天皇(勅願)
別称 瑠璃宮
札所等 西国薬師霊場1番、南都七大寺6番
文化財 東塔(国宝)、薬師三尊像(国宝)ほか
南門(重要文化財)、伝大津皇子坐像(重要文化財)ほか
世界遺産


由緒・基礎データはWikiペディアをご覧下さい。


 

薬師寺の金堂は、享禄元年(1528)に戦火で焼け落ちてから400年以上も仮本堂の状態となっていましたが、昭和42年に晋山された薬師寺管主・高田好胤師により発願された「復興発願」により、老朽化の著しい薬師寺は、往時の姿に蘇りました。
図面の残っていない中での復興作業は困難を極めましたが、最後の宮大工・西岡常一氏の熱意によりこの金堂復興作業は、5年の歳月を経て、昭和51年に完成します。

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金堂から見る大講堂。

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逆に、大講堂から見た金堂と東西の五重塔。
左側が東塔、真ん中が金堂、右側が西塔です。

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金堂完成に次いで昭和56年には、三重裳階付の西塔が450年ぶりに再建されます。
そして、大講堂も竣工。
私が小学校の修学旅行で薬師寺を参拝したのは昭和52年でしたから、当時は金堂は再建直後、この西塔と大講堂は無かったのです。

写真を見ると分かりますが、東塔と西塔とでは基礎の高さが異なっていることが分かります。
全体で西塔は東塔よりも1.7m高く造られています。

その理由は、数百年の歳月を重ねて、西塔が低くなっていき、やがて同じ高さに揃うことを計算しているからなのです。

その内訳は、
・元来、東塔の地盤標高が西塔より35センチ低い
・1300年間で東塔の基壇が重みで80センチ沈下
・1300年間で東塔全体が30センチ圧縮
・修復のため東塔一層目20センチ切断
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 計約165センチ程の高低差

ということになります。
悠久の時間の経過を眼に見ることができるというのは凄いことです。


なお、薬師寺再建に携わった山口さんのホームページに薬師寺西塔建築の珍しい写真が掲載されておりますのでご紹介いたします。


薬師寺北側の玄奘三蔵院伽藍では、ちょうど玄奘三蔵院伽藍と平山郁夫画伯筆による大唐西域壁画殿の公開が行われていました。

玄奘三蔵院は、玄奘三蔵尊像とご分骨が安置されております。
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大唐西域壁画殿には、平成12年に平山郁夫画伯が入魂された、玄奘三蔵求法の旅をたどる「大唐西域壁画」が「本尊(須弥山)」および「脇侍(日光菩薩・月光菩薩)」として配置されており、また、天井にはラピスラズリをふんだんに使用し、満点の星空・星座を正確に再現した天井画が描かれています。

平山郁夫「生かされて生きていること」の自覚を忘れまい (プレジデント)


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写真は大唐西域壁画殿脇に咲く萩の花



JR東海「うましうるわし奈良」薬師寺編

ボロディン作曲の歌劇を原曲とし、オリジナルのアレンジと歌詞にてJR東海の「うまし うるわし 奈良」キャンペーンのTVCMの音楽用に制作された「Again」。
素晴らしい映像とともに心に染みいる音楽をこちらから楽しむことができます

原曲:BORODIN ALEKSANDRE PORFIREVICH(歌劇「イーゴリ公」よりダッタン人の踊り)
作詞:草間和夫 英訳詞:MISUMI 編曲:加藤みちあき 唄:Nello Angelucci Donna Burke



補足
平山郁夫画伯は、ゆめ観音アジアフェスティバルで後援をいただいている(財)かながわ国際交流財団の会長もつとめられています。


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投稿者: kameno 日時: September 19, 2007 5:38 PM

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