ヨーロッパ国際布教40周年(2)

ヨーロッパに日本の仏教がどのように伝わっていったのかを振り返ってみると、100年以上も前から日本仏教の僧侶がフランスやドイツを初めとするヨーロッパ諸国に訪れたという記録は確かにあります。
しかし、鈴木大拙老師(1870-1966)以降、実践布教としての展開としては、1967年に弟子丸泰仙老師がヨーロッパに渡り、「禅」を広め、積極的な布教活動を行い、多くの人々が彼の元で坐禅を中心とした教えを弟子丸師から受けたことが、大きな節目とみることができます。
その1967年から、今年2007年は丁度40年を迎える年であることから、曹洞宗門として、ヨーロッパ国際布教40周年行事が、弟子丸泰仙老師の活動拠点であった禅道尼苑にて開催されることとなりました。


弟子丸泰仙

弟子丸泰仙(でしまる たいせん、1914年 - 1982年4月30日)は、日本の曹洞宗の僧侶である。
1914年に佐賀県に生まれた。彼の母親は熱心な仏教徒であったが、彼の父親は彼にサラリーマンとして人生を送るよう望み、彼は2つの想いの間で揺れ動いた。そんな中、駒澤大学で澤木興道に会い、社会の中で禅を実践するよう勧められた。
彼は実業家として成功し、海外経済協力事業団を設立したり、世界仏教平和運動を大谷光瑞らと共に実施したが、いずれも反対派によって失敗した。
そんな中、沢木興道の晩年に出家し、その死後、彼は遺命により、フランスで禅を広める事を決意し、1967年に渡欧して禅を布教し、多くの人々が彼の教えを受けた。時の永平寺貫首山田霊林の命により、ヨーロッパ開教総監に任じられ、1970年にAssociation Zen Internationalを設立した。
彼は、ヨーロッパ各国に泰西仏教第一道場(1980年)など多くの道場を建て、また多くの著書を執筆した。
(Wikipediaより)

1967年に弟子丸師がパリにおいでになり、ヨーロッパで初めて実践的な坐禅を行い、そして驚異的な拡大と敷衍がなされた。ヨーロッパでの活動を始めてから5?6年後、弟子丸師が金沢市大乗寺に拝登されたときに、丁度私も大乗寺におり、そのとき弟子丸師は「ヨーロッパに真の坐禅を伝えようと思う」「今、造っているお寺は『大乗禅寺』という名前にしようと思っている」と話していた。そして「今、私の門下生は3万人いる」とも言っていた。  当時の総長、参議であった大島老師、田辺老師は、直接フランスの状況をご覧になり、弟子丸師をヨーロッパ開教総監にする必要性を感じられた。しかし、当時、弟子丸師は無資格の上座分限であったため、宗門も様々な方策をたて、彼も忙しい最中であったにも関わらず、永平寺安居を昭和52?3年(1977-78年)に行い、山田霊林禅師から嗣法を受けた。そして、初代のヨーロッパ開教総監に任命され、宗門はパリの仏国寺に総監部を置いた。 (SOTO禅インターナショナル会報34号・今村源宗ヨーロッパ国際布教総監による総会講演録より引用)

ヨーロッパ国際布教40周年記念行事の中で、1971年から弟子丸泰仙老師が遷化されるまで随身された一番弟子である Alain Cassan 仙龍氏にお話を伺うことが出来ました。
1973年にアバロン市(ブルゴーニュ地域圏ヨンヌ県) にあった個人所有の建物(後の大乗禅寺)を寄進したのも仙龍氏です。
なお、アバロン市は、現在、長野県佐久市と姉妹都市でもあります。

当時の大乗禅寺はまさに馬小屋であり、当時は15人くらいの僧侶が過ごしていました。また、接心には100人程の参禅者がフランス及びドイツ、スイス、イタリアなどから集いました。
参禅者に対応するため、伽藍の整備も徐々に行われ、鐘楼堂を建立するために日本から寄進を集めるなどの活動も展開されました。

しかしながら、この大乗禅寺では、100人が接心を行うのがやっとという手狭な禅堂であったため、弟子丸老師自身がロワール地方の各地の城を巡ってみて、一番気に入った建物を選んだのが現在の禅道尼苑(泰西仏教第一道場)なのです。移転は1980年のことでした。


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(写真左)禅道尼苑のあるブロワ市 (サントル地域圏 ロワール=エ=シェール県 )は、ロワール川両岸に歴史的建物が並ぶこぢんまりした街です
(写真右)ブロワ市郊外、禅道尼苑に続く小道。この先の林の向こうに禅道尼苑があります

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(写真)禅道尼苑入口。禅道尼苑という名前は、フランス語では La Gendronnière です。


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購入費用は当時の金額で約一億円。25万坪という広大な敷地を誇ります。
両大本山に負けないほどの禅堂を建立する事が弟子丸老師の夢だったのでしょう。
禅堂の皆でチェーンソーを持ち、手作りで境内・建物を整備していきましたが、鐘楼堂だけは、大乗禅寺のものを移築しています。
多くの方々に寄進を募り、屋根の曲線を苦労して作り上げた鐘楼堂ですから、特別な思い入れがあったはずです。

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(写真左)大乗禅寺から禅道尼苑に移築された鐘楼堂
(写真右)40周年記念行事の引物


つまり、禅道尼苑では、この鐘楼堂が(元からあった城の館を除いて)一番古い建物であり、大乗禅寺の名残りの唯一の建物であるのです。


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(写真)禅道尼苑に安置されている世界三十三観音の一つ。山洋電機社長寄贈です。

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(写真)禅道尼苑から見る落日

この時期の日の入りはとても遅い(撮影時間午後 9:48)。
弟子丸老師もこの地で同じような落日を何度も眺めていたことでしょう。

投稿者: kameno 日時: 2007年6月10日 02:56

コメント: ヨーロッパ国際布教40周年(2)

おはようございます。
ヨーロッパに禅が伝わっていく様子がよくわかりました。
禅道尼苑の鐘楼堂へのこだわりも、「禅」の美を感じさせます・・
以前、書いていらしたログにも中国から伝わった屋根の曲線美を思い出しました。

今やフランスの若者たちにも「禅」はよく広まっていて、心が穏やかでなくなるシーンになると「zenしなきゃだめよ!」といさめるのがはやりとか。禅は心を落ち着かせ、気持ちを正していく、という認識があるようです。(私はその会話を実際聞いたわけではないのですが・・)
けれども、遠い外国の人々にここまで浸透され、愛されているのだと思うと、私達日本人もしっかりしなきゃ!と思うのです。

フランスは緯度が高いから今の季節は日がすごく長いんですね。夕日を眺める時間も長いのかしら。
時間がゆっくりと流れていくような気がしますね。

投稿者 ゆが | 2007年6月15日 09:24

ヨーロッパへの禅は、日本人社会から広がっていったハワイや北米、南米とは違った特長があります。
日本ブームに乗って、zenもよく知られるようになりました。
接心のたびに何百人も集う、その様子には、日本の寺院では見られないダイナミックさを感じます。

ブロワでの夕日、とても美しかったです。
そういえば、ずっと前、インドに旅行した際にルンビニでバスの屋根の上から眺めた夕日にも似ていたと、今思い返しているところです。

投稿者 kameno | 2007年6月15日 17:47

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