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ラオスはどこか昔の日本のような心地よさを感じます。
車やバイクも他の東南アジア諸国と違い、ほとんどクラクションを鳴らさないので、街はとても静かでのんびりゆったりとしています。
ラオスでよく使われる言葉に「ボーペンニャン」(BOR PENNYANG)があり、これがラオスの特徴をよく表しています。
ボーペンニャンは、「どういたしまして」という意味もありますが、広く「何でもない」「大丈夫」「気にしない」という意味で使われます。
よく言うと気楽、少し悪く言うと責任の所在をはっきりさせないで済ますという感じでしょうか。
しかも、ラオスでは何かトラブルがあった場合、迷惑をかけた人が、迷惑を受けた人に対して使う場合が多いそうです。
(普通は迷惑を受けた人が、迷惑をかけた人に対して「大丈夫です、気にしないで」と使いますね)
今回の旅の中でも、それを象徴することがありました。
一行を乗せたバスが細い路地を通った際、道路を横断して張られている電気の引込み線がバス屋根の突起物に引っかかってしまい、商店の引込み電柱を折ってしまいました。
電柱の先端が折れて地面に落ちてしまっています。
ここで、バスのドライバーが、何事かと出てきた商店の人に「ボーペンニャン」と使うわけです。
商店から竹の棒を借りてきて、バス屋根に引っかかっている電線を下ろし、店の人といっしょに、新しい木の棒に折れた電柱をつなぎ合わせます。
これで修理完了。
ラオス以外の国であれば、まず怒号が飛び交ってもおかしくない状況です。
それを「ボーペンニャン」のこころで、何事も無かったかのように解決してしまいました。
ラオスには、ゆったりした時間が流れています。
そのゆったりした時間の中で育まれてきたのがラオスの文化なのでしょう。
ある意味無責任な部分がありますが、争いごとを避け、欲から離れ、いつもゆったり・・・というのは、仏教のもつ本来のこころそのものなのかもしれません。
日本の生活を省みると、忙しい中で時間に追われたり、次々と生み出される「文明の利器」に却って振り回されたり、情報の洪水に呑まれたりしていることが実感できます。
ボーペンニャンは、忘れかけた何かを思い出させてくれる言葉なのです。