負の遺産となった福島第1原子力発電所

東日本大震災被害の被害状況の全体像が少しづつ見えてくるに従って死者行方不明者は増え続け、3万人に近い数となってしまいました。
改めて犠牲となられた多くの方に弔意を表します。

世界銀行は、日本の震災復興費用は最大2350億ドル(約20兆円)となる報告書を発表しました。
さらに、福島第1原子力発電所の事故は未だ予許さない状況にあり、復興の足かせになるだけでなく深刻な影響を長期にわたり与え続けることとなりそうです。

今日の記事は、負の遺産としての福島第1原子力発電所の問題と、原子力発電施策について考えてみます。


福島第1原発 廃炉に30年と1兆円

菅直人首相は、東京電力福島第1原子力発電所の原子炉について廃炉になる可能性が高いとの見通しを示したが、廃炉にするには30年もの時間と1兆円以上の費用がかかるとの見方が、専門家らの間に浮上している。
地震後の大津波で冷却システムが崩壊したことから、6基ある原子炉のうち4基には冷却するために海水を入れたため、復旧は不可能になった。
■6基すべて対象か
日本エネルギー経済研究所原子力グループの村上朋子グループリーダーは、福島第1原発1~4号機について、冷却し放射能物質を除去し保管した後に廃炉にする必要があると指摘した。
1979年に起きた米ペンシルベニア州のスリーマイル島原発の汚染除去を中心とする廃炉には12年かかったが、京都大学原子炉実験所の宇根崎博信教授は、福島第1原発の廃炉にはより多くの年月が必要だとの見通しを示した。
菅首相は津波に対する防災が不十分だったとし、東電の安全基準が低すぎたと批判した。1~4号機の燃料棒冷却も高い放射線量を含む水が管理区域外でも検出されるなど障害に阻まれ作業が進んでいない。
米パーデュー大学のダニエル・アルドリッチ教授(政治学)は「国民の支持がない中では6基すべての廃炉を余儀なくされる可能性もある。残りの2基を救おうと思えば、国民の支持を得なければならないが、難しいだろう」と語った。
東電の広報担当、松本直之氏は3月29日、「福島第1原発の事故対応に専念しており、同原発の将来についてはコメントできない」と述べた。
■費用膨らむ可能性
日本の原子力当局は福島第1原発の事故を国際原子力エネルギー機関(IAEA)の原発事故基準で7段階のうち「5」としている。1段階上がるごとに事故の深刻度は10倍になる。スリーマイル島事故では、原子炉1基が一部溶融し米原子力史上最悪となり、7段階の「5」とされた。世界原子力協会のウェブサイトによると、修理と洗浄に12年、9億7300万ドル(約806億円)かかった。洗浄作業には1000人以上の作業員が携わった。
日本エネルギー経済研の村上氏は、日本の力だけで行うとすれば、福島第1原発の廃炉には約30年かかるとの見通しを示した。
日本原子力発電は98年に32年の運転を終了した茨城県東海村の原子炉を廃炉にする作業を開始した。作業完了予定は2021年で、費用は885億円。01年6月まで3年かけて原子炉を安定させ、核燃料を炉心から除去した。
日本原子力発電に13年間勤務し、東海村の原子炉廃炉にも携わった村上氏は「東電が4基の原子炉を廃炉にするのは議論の余地がないことだろう。費用はおそらく1兆円を超えるだろう。損傷した燃料棒を原子炉から除去するだけでも2年以上かかる。作業がずれ込めば費用も増加する」と予想した。
(産経新聞 2011.4.1)


1度稼動した原子力発電所を停止させるのは大変なことです。
ましてや、津波により冷却機能を失ってしまった複数の原子炉を冷温停止させ廃炉にすることは、想像を絶する困難な作業です。
このことは地震発生後早い段階でわかっていた はずですが、政府・東京電力・原子力保安院は情報を小出しにしてきました

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(左)福島第1原子力発電所の1~4号機(奥が1号機、手前が4号機)
(右)3号機(プルサーマル機)。配管の損傷が著しい



冒頭に引用した記事のように、廃炉にするには30年もの時間と1兆円以上の費用がかかるようです。
これより増えるか減るかは今後の対応次第で大きく変わるでしょう。
また、バンクオブアメリカ・メリルリンチの29日付の投資家向けリポートによると、東京電力のの損害賠償額は、最悪の場合約10兆円に上る可能性があるとしています。
廃炉にするために1兆円、被害の損害賠償に10兆円、賠償しきれない二次的被害を含めるとどれだけの損害になるのでしょうか。

現在、福島県各所から東京にかけて観測されている放射性物質は、主に3号機爆発などによる使用済み核燃料の拡散によるものだ仮定すると、今後新たな爆発さえ無ければ原発から30キロ圏外への新たな拡散はそれほど心配でなく、徐々に低下していくのではないかと考えます。
この楽観的な仮定が正しいとすると、まずは土壌表層に積もった放射性物質を早期に除去し、また放射性物質のモニタリングを緻密に行い、風評被害を最小限に留めることが必要でしょう。

 

問題は原発から30キロ圏内です。
現在避難指示が出されている福島第1原子力発電所から半径20kmの圏内には、約2700もの事業所があり、労働者数は約3万3千人とされています。
また、屋内退避の20-30km圏内には約2100事業所と約2万5千人の労働者が居りますが、こちらもほとんど営業できない状態です。
つまり、5万8千人の雇用が失われていることとなります。

事業所に勤める方だけではなく、土地や海に根ざす第1次産業の方々も多くいらっしゃいます。
その場所を捨てて他の地に避難するということは、生活、生計手段を全て失うことを意味します。
土地や空気や海が汚染されてしまったことのもつ影響はとてもとても大なものです。
この圏内の避難指示・屋内退避指示がいつ解除されるのか、その見通しは立っておらず、廃炉に30年かかることと考え合わせると、十年単位の月日が掛かることも想像できます。
初期段階での対応が遅れ続けると、この試算の費用、期間がさらに拡大していきます。

 


また、海洋に漏出し続けている高濃度の汚染水もやっかいな問題です。
東京電力福島第1原子力発電所から、高濃度の放射性物質を含む汚染水の検出が相次いでいます。
その汚染水がタービン建屋の地下から漏れているのか、建屋外の作業用トレンチから漏れているのか、その原因すらはっきりしていません。
しかしながら、原子炉格納容器や使用済み核燃料プールに冷却水を継続的に注入していかなければならず、今後も汚染水は漏れ続けていくことは免れません。
早急に汚染水漏出の原因を突き止め、抜本的な対策を取らないと、後々取り返しの付かないことになります。
放射性物質が拡散してしまった後では、その除去に膨大な時間と費用がさらに掛かることになるからです。


汚染水、壁面の亀裂から海へ 流出場所を初確認 2号機
(朝日新聞 2011年4月2日)

昨日の報道で、コンクリート製ピット取水口側に長さ20センチに亘る亀裂があり、そこから原子炉から直接流れ出たと考えられる汚染水が勢いよく海に放出されていることが確認されています。
ピット内部では1時間あたり1シーベルト以上!、ピット上部では400ミリシーベルトという途轍もなく高い放射線量を計測しています。
地下に溜まっていた汚染水の放射能濃度は、1cm3当たり2000万ベクレルで、通常運転時の原子炉内の水の約10万倍・・・・。
これがピットに流れ着いた段階で数百万ベクレル、流れ出た海水の濃度は数十万ベクレルが観測されています。
つまり、放水口近辺では、海水が「通常運転時原子炉内の水の約1000倍」の濃度で汚染されていることになります。
原子炉から直接流出していると考えられる理由は、そのとてつもなく高い濃度と、取水口付近の海水からウラン燃料に由来するヨウ素131が検出されているためです。

冷却作業を効率的に行いながら、汚染水の拡散を防ぐための方策を、アメリカ・フランスなど原子力発電先進国と協力の上、早急に行う必要があります。
海洋や地下に汚染水を漏出させ続ける状況は絶対に避けなければなりません。
東日本全体に亘る復興の機運が損なわれることの無いよう、また、国際的に大きな問題に発展する前に一日も早い抜本的対策を求めます。

 


 

 

現在は福島第1原子力発電所の対策に全力を注ぎ、対策が軌道に乗ってからは、次の段階で日本のエネルギー政策について真剣に議論されるべきと考えます。

これまで日本においては原子力発電が経済的側面から最も有利な電源とされ、それが開発推進の大きな根拠とされてきました。
発電種別ごとの発電単価は原子力発電が最も低コストであるというものが殆どでした。
果たしてそうなのでしょうか。

経済産業省のホームページに掲載されている 第8回 コスト等検討小委員会 報告書等(平成16年1月23日 電気事業連合会提出)資料を引用します。
これは、法定耐用年数運転を行った場合の発電コストを比較したものです。
設備利用率の割合を変化させた場合の比較です。

201100401-01

この図を見る限り、原子力発電のコストは特段有利というわけではないことが判ります。
日本の原子力発電所の設備稼働率の平均実績値はそれほど高くありません。
また、柏崎刈谷発電所や、浜岡原発など、事故によって長期間停止している原子炉も多く存在しています。


さらに言及すれば、例えば原子力発電所開発に要する膨大な開発費用、高レベル放射性廃棄物処分や解体廃棄物処分に伴う費用、国家財政からの原子力関連に投入される費用などはコスト検討に全て含まれておらず、さらに今回のように事故が起こった場合の費用は想定されていません。

顕著な例では、福井県の原子力発電施設「もんじゅ」は膨大な研究開発費用を投入して稼動にこぎつけたものの、昨年の事故により発電することも廃炉することも叶わず、発電すらしない設備に今後年間何百億円もの維持費用を継続的に投入していかなければなりません。

総合的に判断して、これから建設する予定の原子力発電所については計画をこのまま推進していくことが賢明なのかを真剣に考えていく必要があるでしょう。
現在稼働中の原子力発電所については、今回の震災による被害を教訓に二度と同じ事故が起きないような対策を講じることが求められます。
コスト追求のために安全性を損なってしまっては本末転倒です。

投稿者: kameno 日時: 2011年4月 3日 07:46

コメント: 負の遺産となった福島第1原子力発電所

途中、読み進めることに若干の勇気が要ることを自覚しつつ......現実から目を逸らさずに最後まで読み終えました。

冷静な分析に頭が下がるとともに、冷静な分析なるがゆえに、ある種の覚悟が定まったような気もします。

比較するのは適当でないかもしれませんが、ヒロシマ・ナガサキというカタカナ用語にフクシマも加わったと聞きますし、我々の感覚で申せばミナマタと同じ構図の問題がフクシマにも惹起するかもしれません。

私はこれからもその現実と向き合い、今まで以上に積極的に色々なところで発言し主張をすることで、風評被害を最小限に食い止めていければと考えております。

もちろんそれには正しい情報を得ることが必要で、その点においてKameno先生の記事はいつも参考にさせて頂いております。

僧の身だからこそ、慎重かつ冷静にフクシマの今と将来を考えていくつもりです。心なしか被災前よりも郷土愛が強くなったような気もしています(笑)

投稿者 叢林@Net | 2011年4月 5日 20:00

叢林@Netさま
コメント有難うございます。
原子力発電所の事故というと過剰な反応を示したり、風評被害が先行したりします。
海外では日本産の農産物は全て輸入禁止としているところもあります。健全に稼働している原子力発電設備を直ちに全て停止して廃炉にしろという暴論もあります。

その原因の一つは、発表側のデータの公表が混乱し遅れたこと、受取側には発表されているデータにきちんと目を向けられていないことにあると思います。一人ひとりが冷静に対処することで、副次的な風評被害は最小限に留められることになり、事故の対処も進んでいくものだと考えます。
国家戦略担当の閣僚が、復興に向けて「福島県は別次元で考える」と発言していますが、私はその意見には賛成できません。
どの地にも、 叢林@Net様のように、今と将来を考える方がいらっしゃいます。そこに次元も何もありませんし、福島県だから特別という表現もどうかと思います。
日本全体で総体的に考えていく必要があると考えます。
一日も早い復興がなされ、土地に根付く産業がこれまで通り戻りますことを心より願います。

投稿者 kameno | 2011年4月 6日 08:28

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