教会の中の鳥居

サイパン西海岸南部ススペ地区では、不思議な光景が見られます。
カトリック墓地の入口に鳥居、そして墓石の合間に石灯籠など。
鳥居を潜った先の拝殿には「inari」と書かれたキリスト像が掲げられています。

20100227-10.jpg 20100227-11.jpg

20100227-12.jpg 20100227-13.jpg

複雑なサイパンの歴史を如実に物語っている光景です。


元々ここにはスペイン統治下時代に建立されたマウント・カーメル教会がありました。
しかし、日本統治下時代には教会の墓地の中に砂糖工場と、さとうきびの豊作を願う南興神社が作られました。
南興神社の南興とは「南洋興発」のことです。

史料によると、南興神社の祭神は天照大神・大国主神・経津主神・罔像女神となっています。
「inari」キリスト像の土台の上にはお稲荷さんが祀られていたのでしょうか。


太平洋戦争アメリカ軍の上陸による戦闘でマウント・カーメル教会は破壊され、1949(昭和24)年、現在の姿に再建されました。

現在は、歴代のファザー、シスターの墓石が「INRI」(キリスト)の前に配されています。
また、砂糖工場の建物は、教会併設のマウント・カーメル高校として使用されています。


鳥居や石灯籠が何故撤去されずに残っているのか、キリストがなぜ神社本殿の上に掲げられているのでしょうか。
その理由の1つには撤去することによる「神社の祟りを恐れた」ということがあるかもしれませんが、この神社の建立主がサイパン発展に貢献した「砂糖王」松江春次であることが一番の理由であるように感じます。


20100227-14.jpg
昭和12年長月吉日 奉寄進 松江春次


松江春次は島にとって特別な存在なのでしょう。
また、この教会の墓苑には日本人の名前を刻んだ墓石も数多く残されていますし、サイパン在住の日本人の墓地もあります。
宗教と人種を越えた混在がこの場所では見られます。

 
戦前のサイパンを写した古写真を見つけました。

20100227-85.jpg 20100227-86.jpg

撮影年代は不明ですが、南洋興発の時代ですから昭和初期のものでしょう。
キリスト教会が教会として機能している様子がわかります。
戦前から信仰としてのキリスト教、仏教、神道が混在していたことを示しており、実に興味深い写真です。
そして、写真にはキリスト像も写されています。日本型の墓石も見えます。
マウント・カーメル教会のキリスト像は、元々別の場所にあったものが、戦後、神社の本殿の社が取り外され、そこに祀られたということが読み取れます。


  マウント・カーメル教会の前の砂浜は、1944(昭和19)年6月15日7時、アメリカ軍が上陸を開始したレッドビーチ海岸です。 僅か2時間程で300以上の上陸用装軌車、海兵隊8000名が上陸、日没までに海兵隊2万名以上の上陸を許しました。

これほどまでに簡単に上陸を許してしまった理由にはアメリカ軍がパラオ諸島に攻撃を行うと予期していた日本軍側の読み違いと、一旦サイパン北部に艦隊をちらつかせた揺動作戦に乗せられたことなど様々な悪条件が重なったことが挙げられます。

結果、独混47旅団、戦車第4中隊などが全滅してしまいます。


翌夜、形成を逆転するべく、約1000名の日本軍歩兵隊がレッドビーチを占領するアメリカ軍に対し44台の戦車と共に夜襲をかけました。
アメリカ軍海兵隊には約3500名の負傷者を出したものの、日本軍の歩兵隊はほぼ壊滅し、この地区に暮らす数万人もの民間人も、それまでの平穏な生活を一気に失うこととなります。
 

20100227-15.jpg
レッドビーチに残されている日本軍の戦車。トーチカの上に乗せられています。
後ろに見える海よりアメリカ軍が上陸しました。
私たちが訪れたこの日は碧い碧い穏やかな海であったことが印象的でした。


マウント・カーメル教会入口に付近にある日本人戦没者慰霊碑において慰霊法要を営ませていただきました。
たまたま来られていた日本人の方も一緒にお参りされていました。

20100227-16.jpg 20100227-17.jpg


ふと空を見上げると火焔樹の花が満開でした。
日本人たちはこの花を見て、桜並木を思い出したそうで「南洋桜」という別名があります。
大きなサヤエンドウのような実をつけている木もよく見かけました。

20100227-30.jpg


 
マウント・カーメル教会のあるススペ地区は、サイパン国際空港から主要なホテルのあるガラパン地区に向かう途中で必ず通る場所です。

しかし、サイパンを訪れる日本人観光客のほとんどは、ここを通り過ぎていくだけです。
 



サイパンの攻防をアメリカ側から見た資料があります。
日本側の史料と比較してみると双方の視点から概観することができます。


『サイパン侵攻(The Invasion of Saipan)』(Brian Blodgett著)

投稿者: kameno 日時: February 28, 2010 1:39 AM

コメント: 教会の中の鳥居

kameno様

 サイパン報告ありがとうございます。
カトリック墓地の鳥居、石灯篭なんとも不思議な光景ですね。
砂糖王の功績の跡が今もなお残されている訳なのですね。石灯篭は下の土台だけが残っている写真ですか?
チリの地震の大惨事そして津波が心配ですね。

投稿者 ゼラニウム | February 28, 2010 1:58 PM

ゼラニウムさん
戦前のサイパンでもスペイン統治時代に建設された教会、日本統治時代に建設された寺院や神社、それらが混在して形成されていることが今回の訪問でとても良くわかりました。
石灯籠は土台だけ残っているもの、全体が残っているものさまざまです。
けれども、今後維持していく人が居なくなると風化していく一方でしょう。
チリ地震は時間の経過と共に被害の全容が徐々に伝えられています。心よりお見舞い申し上げます。

投稿者 kameno | March 2, 2010 4:10 AM

連載記事読みながら人間魚雷の特攻というのもあったと思い出しました。

戦争は人の弱みにつけこむ宗教や
「インチキ商売」みたいに見えます

勝つことがかっこいい、
てっとりばやくお金をもらえる、
教祖や国や家族のために死ぬことは名誉である、など。
知らない世代にとっては怖いというよりも
ひとをバカにしているというか
呆れてきます。

投稿者 peaceful | March 2, 2010 9:56 AM

peacefulさま
世の中には信じがたいほど醜く酷い現実があります。
それらから眼を背けるのではなく、しっかりと事実を見つめることをしなければ同じ過ちが繰り返されます。
核兵器保有国の首脳にこそ原爆資料館を訪問していただきたいという願いもその一つです。

「回天」「桜花」・・・特殊攻撃隊については以前ブログ記事にも書いたことがあります。
http://teishoin.net/blog/001442.html
http://teishoin.net/blog/001438.html
http://teishoin.net/blog/001382.html

投稿者 kameno | March 2, 2010 1:38 PM

コメントを投稿