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東海道五拾三次之内 戸塚「元町別道」
初代広重 保永堂版(横浜市歴史博物館蔵)
制作年代 天保4年(1833)頃
有名な安藤広重の浮世絵です。
そういえば、永谷園のお茶漬けにおまけとして付いていて、よく集めた思い出があります。
絵には、旅人が駄賃馬から縁台に降りようとしている男、それを出迎える茶屋女などが描かれています。
茶屋の名称は「こめや」。
軒先には「大山講中」「月参講中」「百味講」「神田講中」「京師講中」「太々講講中」などの札が下がっています。
また、描かれている橋は「吉田橋」で、橋の手前に「左り かまくら道」の道標が描かれています。
写真は、明治時代末期の吉田橋の様子です。
東海道五拾三次之内 戸塚「元町別道」に描かれている「こめや」は、この頃もあったようです。
「こめや」は江戸期には茶店兼旅篭でしたが、写真の頃は米の売買や、よろづ屋だったようです。
浮世絵の雰囲気をなんとなく感じることが出来ますね。
「左り かまくら道」の道標も写っています。
現在、吉田橋は「吉田大橋」として残されています。
横浜新道が出来てからは、旧道となり、少し前の交通量ほどはありませんが、戸塚駅を貫く幹線道路としての役割を果たしています。
「左かまくら道」の道標は、現在は、橋の東側ににある日蓮宗妙秀寺の境内に保存されています。
また、吉田大橋の欄干には、東海道五拾三次之内 戸塚「元町別道」の絵も埋め込まれています。
吉田大橋の地図はこちらです。
http://www.mapion.co.jp/c/f?uc=1&grp=all&nl=35/24/08.606&el=139/32/24.829&scl=25000&bid=Mlink
江戸の名残を随所に残す東海道。
歴史を振り返って辿ってみるとおもしろいですね。