本棚を整理している中で、子どもの頃に夢中になって読んでいた図鑑が出てきました。
『プログラム式 こどもカラー図鑑』(講談社・昭和45年10月20日発行)
私が小学校に入学した時に買ってもらった図鑑で、
1.どうぶつ・とり
2.こん虫
3.うお と かい
4.しょくぶつ
5.大むかしのいきもの
6.うちゅう・きしょう・ちきゅう
7.えねるぎー・えれくとろにくす
8.さんすう
9.こくご・えいご
10.しゃかい
11.こうつう と のりもの
12.ずが・こうさく・おんがく・たいいく・かてい
13.ひと の からだ
というような構成になっています。
この時代、かなり売れた図鑑のようですので、今の30-40歳代の方であれば読んだことのある方も多いのではないでしょうか。
何回も繰り返し読んでいたので、ボロボロになってしまっている巻もあります。
久しぶりにページを開いてみると、当時の記憶が鮮明に蘇ってきたりします。
どんな内容だったのか、いくつかご紹介します。
「日本の乗用車」
当時はこのような車が街中を走っていました。
ちなみにkameno家ではパブリカでした。
これからの乗用車は、買い物をするときに使う車、長きょりどらいぶ用の車、れじゃー用の車というように、使うもくてきによって、ひとりで2、3台所有するのがふつうになります。
高速道路がどんどんつくられ、車にはれーだーがつけられ、すぴーどやぶれーきは、むせんによってじどうてきにそうさされるようになります。
また、とらっくやばすは大型になり、2両いじょうれんけつしてはしるようになります。
既に実現している部分と、これからの部分がありますね。
車間を判断して自動的にスピードをコントロールしたり衝突防止のブレーキが掛けられたりということは、最近ようやく実用化され始めました。
バスが2両連結になる、というのは、これからも日本の道路事情では難しそうです。
それにしても断言形の文体はとても潔いものですね。
長きょりどらいぶ用の乗用車
(1)車の後方を写すてれび
(2)このればーを、一定のすぴーどのめもりに合せておくと、車はそのすぴーどで走りつづけます。
(3)車のま下を写すてれび
(4)わずかな力で、せいかくに進路が決められるはんどる
(5)れーだこの車のえんじんには、がすたーびんが使われています。
がそりんえんじんとちがい、ゆうがいなはい気がすを出すことなく、ひじょうに高速で走ることができます。
また、車体も軽いきんぞくでつくられ、高速でも安定がよいように、飛行機の尾よくに似たものがついています。
うーん・・・
未来の車に求める「夢」は、もっと大きくても良かったかも。
(1)は、まあバックモニター、(2)はクルーズコントロール、(4)はパワーステアリングとして、(3)の真下を写す意味って何だったんだろう・・・・
このほか、みらいの飛行機、みらいの船などが「かくねんりょう飛行機」「原子力商船」(近いしょうらいに、けいざいてきな原子力商船がつくられる時代が来るにちがいありません)などというように図解されています。
1966年には、鑽孔式(穴開け式)の光学読み取り式による自動改札機が開発され、近畿日本鉄道南大阪線の大阪阿部野橋駅や東京急行電鉄東横線の元住吉駅で試験が行われた。しかし、両社とも本格採用に至らなかった。
同方式の実用的な自動改札機が導入されたのは1967年のことである。京阪神急行電鉄(現・阪急電鉄)千里線の北千里駅で立石電機(現・オムロン)が開発した定期券専用自動改札機で本格的に採用された。しかし、全駅に導入されたわけではなく、また定期券専用であったため導入駅でも普通乗車券用に磁気バーコード式やその他の乗車券用に有人改札との併用であった。
(ウィキペディア「自動改札機」項)
とあるように、さまざまな自動改札機が試行されたものの本格採用に至らなかったものも多かったようです。
「みらいの鉄道」としては
(1)しゃりんしじ型・・・りにあもーたーを使って、時速400kmで走ります
(2)空気ふじょう型・・・しゃりんを使わず、空気をふきつけて、空中に浮き上がって走ります。りにあもーたーを使います。
(3)じきふじょう型・・・空気の代わりに車体と地上の両方にじしゃくをつけて、そのはんぱつ力で浮き上がってはしります。
(4)ちゅーぶ型・・・・・地下に埋められたちゅーぶの中をしんくうしして、地球の重力を加速力に使い、時速600kmをだします。
(1)は都営地下鉄大江戸線で実現した、といって良いのでしょうか。ただしスピードはこの5分の1程度ですが。
(2)実現のきざしすらありません
(3)技術的には可能なのでしょうけれど、運用にはあと10年以上かかりそうです。
(4)実用化する日が来るのでしょうか。夢は大きく持ってもよいですね。
「アナログ型コンピュータ」
回路を組んで、電流の大小で計算結果を判断するというコンピュータです。
このような時代もあったのです。
「テレビ電話」
いつか、このような電話が家庭に普及する時代がくることを夢に描いていましたが、想像よりずっと早く実現・普及が進んでいきました。
高度経済成長を支えるエネルギーとしては、原子力にかなり重点を置いています。
また、子ども向けの図鑑であるにも関わらず原子爆弾、水素爆弾の仕組みや構造なども図解されています。
建設中の東京電力福島第一原子力発電所や、高速増殖炉も紹介されています。
この図鑑が発行されてから40年以上の年月が経過しました。
子どもの頃、夢に描いた未来の世界と、実際にどのようになっているのかを比較すると、とても感慨深いものがあります。
同じように、今の子どもたちの描く未来は、子どもたちが大人になったときにどのように実現されていくのでしょうか。
はじめまして。
まず、「えねるぎー・えれくとろにくす」にて東急電車の自由が丘駅が出てますけど、路線図をよく見ると二子玉川園(当時)の所の路線にテープが貼られてはいるものの、これは69年5月に新玉川線(当時)建設のため廃止された砧線(同じく廃止された玉川線の支線的存在だったが、砧線は地方鉄道法に基づく鉄道線でした)ではないかと思われます。
関西地区では、阪急電車や大阪の市営地下鉄など、わりかし早い時期に自動改札化がなされたものの、首都圏では1973年に開業した武蔵野線に於いて一部を除き、自動改札が本格的に採用されており、生まれて初めて自動改札機を見たとき、改札の達人が大手をふってたあのころ、一度使ってみたいなと思ってた程です。
また、こうつうとのりもので定期路線ばすの写真の場所は、なんと私が生まれ育ったところ(のちに他方へ引っ越ししたけど)で、再び引っ越ししてげんざい住んでるまちの最寄り駅ちかくのバスとバス停が写ってます。
こういった何気ない写真でも、歴史をひもとくうえで大人になっても、歴史を振り返るうえでも、たいへん参考になるお勉強ゆえ、貴重な写真ではないかと考えます。
それでは、私はこれにて失礼します。
投稿者 みやのこ | 2014年8月 2日 10:39
みやのこ様
コメント有難うございます。砧線は多摩川の砂利を運ぶ目的で敷設されたものと記憶していますが、新玉川線ができる以前の玉電はのんびりとした鉄道だったようですね。
図鑑などの写真で記憶にある場所の写真を思わず発見すると嬉しいですよね。埋もれている貴重な宝物を発掘するような感じがします。
投稿者 kameno | 2014年8月 2日 16:58