神奈川県から養蚕農家が消える

県内の全12養蚕農家廃業へ、繭の"最後"の出荷作業行い名残惜しむ/神奈川

幕末の横浜開港後、生糸貿易の繁栄を支えてきた県内の養蚕業の長い歴史に幕が下ろされようとしている。2011年度には国の養蚕農家への助成制度が廃止されることもあり、県内の県央地区で養蚕業を営んできた農家12戸が廃業方針を打ち出した。1日には厚木市や相模原市などの地元農協(JA)支所で繭の"最後"の出荷作業が行われ、各農家は先祖が守ってきた歴史に思いをはせ、名残を惜しんだ。
県内では戦後、養蚕農家数が増加し、1957年には戦後最高の8769戸を数えたこともある。

年間3トン以上を収穫した年が続いた養蚕農家もいたという。落合政男さん(80)=厚木市中荻野=は廃業を前に往時の様子を振り返る。「周辺は買い付けに来た業者などでにぎわった。桑の葉が足りず、山梨県境まで取りに行ったこともあった」
ただ、57年以降、生糸需要の大幅な減少によって、繭代が暴落。国による桑園減反政策が実施され、農家は養蚕から転業し始めた。結果、県内でも戸数は減少の一途をたどった。国内の生糸貿易をけん引してきた横浜でも、2006年3月に横浜商品取引所の閉鎖に伴い、約120年の横浜シルクの先物取引が幕を閉じた。
そんな中、現在も高齢化問題などを抱えながら県内で養蚕業を続けてきたのが12戸だった。

廃業を決め、厚木市のJA支所で"最後"の出荷作業を行い、丹念に育ててきた繭を群馬県の工場へ出荷した内田正男さん(79)、テル子さん(76)夫妻=同市下荻野。現在、県内の養蚕は春、夏、晩秋の3シーズンだが、「最盛期には年間7、8回こなしたこともある」という。
二見政一さん(77)=厚木市三田=は子ども時分、両親の養蚕を手伝っていたが、会社勤めを選んだ。「昭和30年代ごろ、会社員の給料は上がっていたが、農家の所得はそれ程変わらなかった。生き物を扱うための懸念も含め、家族を養うには不安を感じた」と話す。本格的に養蚕を始めたのは、仕事を退職した16年前。「養蚕は検定が一緒のため、よい繭を作ろうと皆が情報を出し合う。人間関係がいい」。手を携えて高品質化に取り組んできた。

JA津久井郡本所(相模原市緑区中野)でも養蚕農家3人が名残惜しそうに出荷に向け繭の選定作業に追われた。出荷量は合計266キロ。
菊地原稔さん(76)=同区根小屋=は「国産の絹の品質は世界一だと思っている。家の伝統と思って取り組んできた。津久井郡には1500年の歴史がある。先祖に『これまで、無事生計を立てられました』と報告しようと思う」と胸を張った。


貞昌院の位置する永谷地区では養蚕が盛んに行われていました。

私が子どもの頃にも近所でかいこを飼っていた農家はたくさんありましたし、貞昌院にも糸車などの養蚕のための道具が残されています。

港南区にはぐくまれてきた捺染やスカーフなどの織物技術も、良質の絹の生産があってこそ活かされてきました。
地元の永野小学校には養蚕に力を入れていたことを記す写真も残されています。

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関内のシルク博物館の展示を見ると、いかに日本文化の中に養蚕が溶け込んでいるのかが良くわかります。
僧侶の衣にも正絹のものも多く、大いに恩恵を受けています。




養蚕文化守るカナダ人

養蚕や絹織物が盛んで「桑の都」と呼ばれた東京都八王子市に隣接する神奈川県相模原市にも、かつては4千軒近くの養蚕農家があった。生産された繭や生糸は、主に八王子や山梨県の上野原などへ出荷されたほか、「絹の道」を通って横浜へも運ばれたという。
しかし現在、市内に残る養蚕農家は数軒。親子代々伝えられてきた伝統技術は忘れられていく運命にある。この相模原で、養蚕文化を守っているのは一人のカナダ人だ。
都県境にそびえる陣馬山。ふもとに広がる同市緑区の旧藤野町佐野川地区に、ブライアン・ホワイトヘッドさん(46)は1993年に移り住んだ。
養蚕農家だった築約120年の古民家を借りた。2、3階は蚕の飼育室という典型的なつくり。ここを拠点に、毎年、餌の桑を育て、卵から蚕を育てて繭をつくり、糸にほぐして染色、織機で織り上げるまでを1人でこなす。
(朝日新聞2010年05月21日)




来日してから常に感じてきたのが、養蚕を含め伝統的な文化をどんどん捨てていく日本の姿だ。
消費面だけを重視し、その製品がどのような資源から生まれてきたかを考えない生活の在り方に疑問を感じてきた。
「生糸が虫から生まれてくることを知らない日本人もいる」

ブライアン・ホワイトヘッドさんはこのように語ります。

私たち日本人にとっては胸に突き刺さることばですね。
日本の伝統工芸が、日本人ではなく海外の方により支えられている事例が数少なくないようです。

投稿者: kameno 日時: October 4, 2010 2:52 PM

コメント: 神奈川県から養蚕農家が消える

はじめまして。幼い頃祖母が生糸の手仕事をしていたや物置に機織りの機械があった(今はない)ことなどが関係しているのか、お蚕様を育てることにかなり興味をもっています。今すぐ道具を揃えてとはできないですが、一度訪ねてみたいのですが。
養成センターなどがあれば行きたいのですが、どこを訪ねたらよいのかわからず。突然ですみません。

投稿者 田中和子 | October 11, 2013 5:18 PM

田中様
養蚕に関する資料は、横浜市中区のシルク博物館が詳しいと思います。
是非尋ねて見てください。

投稿者 kameno | October 12, 2013 12:04 AM

こんにちは。
養蚕に興味があります。
現在、服飾系の学校に通っており、布地や繊維について学んでおります。
絹糸のもととなる養蚕にも興味を感じており、生産しているところをぜひ見学したいと思っています。
首都圏で、養蚕を行っているところなどご存知でしょうか。

投稿者 斎藤 えり | January 17, 2015 8:46 PM

エリさま
コメントありがとうございます。
お訊ねの件ですが、横浜市中区にあるシルク博物館にお問い合わせいただくか、もしくは記事中のブライアン氏にお尋ねするのが一番良いことと存じます。
良い情報が見つかることを期待しています。

投稿者 kameno | January 17, 2015 10:40 PM

こんにちは。
学校の課題で産業についてを調べていてこちらにたどり着きました。
ぜひ取材をさせていただきたいのですが、調べても連絡先が出てきません。よろしければ教えて頂けないでしょうか。

投稿者 越野 遥 | July 25, 2016 11:10 AM

越野様
コメントありがとうございます。
連絡先メールアドレスは kameno☆teishoin.net
(☆を@に)です。
一応、トップページ http://teishoin.net にメールアドレスの記載をしております。

投稿者 kameno | July 25, 2016 11:49 AM

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