円覚寺・教区移動研修

神奈川県第二宗務所第五教区・教化部の研修で鎌倉エリアを廻りました。
大船駅に集合、横須賀線にて北鎌倉駅へ。

北鎌倉駅ー円覚寺(白雲庵・富陽庵・円覚寺内拝観)-道元禅師顕彰碑ー昼食ー鶴岡八幡宮ー松久寺ー法性寺ーまんだら堂やぐら群ー大町ー鎌倉駅 という、全行程徒歩による研修です。

まずは、北鎌倉駅から円覚寺へ。
モミジのさわやかな緑が目に染みます。来月には見事な紅葉がみられることでしょう。

20191021-03

20191021-2220191021-05

三門は空・無相・無願の三解脱を象徴し、煩悩を払い去り涅槃へ至る門とされます。
三門の奥、仏殿前の広場で幼稚園の運動会が行われていました。

20191021-30

仏殿は関東大震災で倒壊しましたが、昭和39年に再建されました。
竜の絵天井が見事です。

20191021-2720191021-28

禅堂では摂心が行われていました。

20191021-25
居士林は在家の方のための坐禅道場で、定期的に坐禅会が開催されています。

20191021-2420191021-29

修行僧の坐禅道場、選仏場。元禄12年に建立されました。

20191021-26
大方丈。
各種法要のほか、坐禅会や説教会、講座なども行われています。


円覚寺に点在する塔頭のうち、白雲庵と富陽庵に拝登させていただきました。

まずは白雲庵。
こちらは、2006年にも拝登いたしております。こちらのブログ記事を参照ください→道元禅師降誕の日と鎌倉歴史散歩

20191021-1520191021-06

【白雲庵】

臨済宗大本山円覚寺の塔頭の一つ。
円覚寺第十世で暦応3年(1340)10月4日に示寂(じじゃく)した東明恵日(とうみんえにち)禅師の塔所です。

正和年間(1312-16)に退居寮として開創されました。

東明恵日禅師は曹洞宗を修めた中国元の高僧で、1309年、時の執権北条貞時の招きで来日し、1310年円覚寺第10世となり、暦応3年当寺にて遷化するまで、建長寺(18世)、寿福寺などの住職を務めた。また、白雲庵学林を形成し、関東五山文学の中心拠点となりました。
室町時代末期に臨済宗に転宗され、今に至っています。

白雲庵の名の由来は、禅師が中国白雲山の住職だったこと、また「白雲抱幽石」という漢詩の一節に因んでいます。

円覚寺には、江戸時代前期には40の塔頭がありましたが、現在は18の塔頭があります。白雲庵はその中で最も古い塔頭です。
本堂天井画・雲龍は入江正巳画伯によるものです。

20191021-0720191021-1020191021-08

日本における禅宗の展開をみる場合、鎌倉時代前期には、求法伝法を目的とした入宋僧が多かったのですが、鎌倉後期になると、多くの禅僧を中国大陸から招聘するようになります。
その一人が東明恵日禅師であります。

20191021-0920191021-11

 

20191021-14
3-4世紀、古墳時代の石棺。

20191021-1220191021-13
石造灯篭(百済時代)。
上から眺めると、鳥の巣の中にヒナが見える、遊び心あふれる意匠をみることができます。




次に富陽庵。
建長第71世・円覚第61世東岳文昱禅師の塔頭です。

20191021-1620191021-2020191021-19

本尊は文殊菩薩。

開祖上杉朝宗氏木像と、大仙庵開祖桃渓徳悟禅師尊像をお祀りしています。

20191021-1820191021-17


 

20191021-04

円覚寺の入口猫。
堂々としていて近づいてもまったく動じません。

 

次のブログ記事に続く・・・

投稿者: kameno 日時: October 22, 2019 6:37 PM

コメントを投稿