仏教情報センター記念大会講演録(1)

平成25年5月6日に開催された仏教情報センター設立30周年記念大会について、 仏教情報センター設立30周年記念大会報告では、写真を中心に速報いたしました。
今回のブログ記事では、玄侑宗久師の記録をまとめてみます。

※あくまでも、kamenoメモによる記録から講演録を起していますので、個人的な記録であり、公式ではないことをご了承ください。



記念講演(1)玄侑宗久師

 

■はじめに


こんにちは。
拍手し続けていただきまして有難うございます。(伽藍が大きくて)距離が長いもので・・・・(笑)
仏教情報センター設立30周年ということで、まことにおめでとうございます。

人々の悩み苦しみに応えて30年。
電話相談は、うちの寺にもたまにありますが、相談に乗っていると自己増殖的に増えていく苦しみもあり、どこまで応じたらいいのか難しいところだと思います。

講演に戴いた時間が30分ということで、何を話していいか考えました。
タイトルも無くていいということでもあり、このあとの愛川さんが出ていらっしゃいますので、その前座と思って聞いてください。(笑)

私自身、仏教・・・仏教という言い方は明治時代から始まるのですが、私自身は仏道という言い方が好きなので、その仏道に迷った挙句に戻ってきて、そういった過程をお話ししたいと思います。
20130506-07

■禅寺に生まれ育って仏道に迷い


私はお寺の生まれで、禅寺で育だちました。
子どもの頃から生活がお寺の中だったので、何がありがたいのか、何が尊いのか見えなくて、大変反抗した思い出があります。

特にお布施の意味が判りませんでした。
お布施っていうのは、今でこそ、なるほど、払う側が自分の生活を判断して額面を決めるのかなと思い、立派なシステムだと思います。
しかし、何しろ、そういうお金が入ってくるのが友達のおじいちゃんのお葬式だったりするものですから、(お金は何にでも使えるので)あれが欲しいこれが欲しいというものに、お布施が使われていくのが嫌だったのです。

だったら、お寺の看板に欲しいものを掲げたらどうかと考えたりしました。
今の季節ですと、私はカツオが食べたい。カツオが欲しいと山門の看板に書いておいてお布施をもらっておけば、もっとすっきりするんじゃないか・・・ということを子供心に思っていまして、父と口論したものです。

考えてみれば、教育と医療と宗教は江戸時代まではお布施のシステムでした。
寺子屋のお礼も、盆暮れにお米などを持って行った。
今では不思議ですが、お医者さんも盆暮れの付け届けでした。IMG_3695
お医者さん、寺子屋の先生と坊さんは、支払う側が料金を決めるシステムをとっていたので、非常に敬意を集めていました。
今は、このシステムを続けているのは宗教関係だけです。
それも段々弱まっています。

(お布施は)大体これくらいが良いんですけど・・・とか。
みなさんも聞くんですね。いくらでも良いというのは困る、いくらと言って頂けないと恥をかくので、と言われるとこちらも困ります。
多い方がいいんですよ。(笑)

でも、こういうシステムでやっていること若い頃は判らずにに、あちこちの宗教巡りをしたものです。
自分が生まれた禅寺、仏教が宗教の中でどのような位置付けなのかをとても知りたかった。
モルモン教に通いました。
統一教会の合宿に参加しました。
ものみの塔の聖書をしばらく勉強していました。
天理教の協会に通いました。
イスラム教は布教しないんですね。信者を特に増やす必要がない。代々木のモスクで紅茶とクッキーをご馳走になって帰ってきました。

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■仏教は、私を解いていくということ

とにかくいろんな所に行って宗教全体を見てみたいというのがあった。
その結果、どの宗教も、自分、私だと思っているものが、実はそれが困るんじゃないかという考えがあって、私を解いてしまう、そういう時間を持とうとしている気がしました。

日本語の「私」を例にすると判りやすいのですが、「私」は「ノギヘン」に「ム」と書きます。
畑だったり田んぼだったり、その自分の田んぼがここまでですよ、というのが「我が田」。自分の田んぼの境界、我が田に「クイ」を挿すということです。
それが「わたくい」になって、「わたくし」になった
「くい」が「くし」になる例は、「みをつくし」というのがあります。
これも「くい」です。

私の田んぼがここまでですよ、ということを表現したのが「私」という単語ですから、これを解いたほうが良い、その手段として仏教はいろいろな方法を考えました。

お釈迦様の時代には瞑想です。
瞑想は意外と難しいんですね。頭を、もう一つの別の使い方をしますから。

そこで鎌倉仏教の祖師方はいろいろな方法を考えました。
浄土宗の開祖、法然上人は最初に比叡山を降りて、専修念仏という「なむあみだぶつ」を繰り返す行為の中で私を解いていく・・・私と世界が一体となる。

われわれの宗派では坐禅ということをします。日蓮宗では南無妙法蓮華経を唱えます。
楽器を使ったり、いろんな方法がありますが、たいていはリフレインです。
これによって私という輪郭が解けていき、そして言語機能が休んでいくんですね。

頭は、言葉でものを考えているときにものすごいエネルギーを無駄遣いしています。ああでもない、こうでもない、そういうことで食べたものの30パーセントを脳が使っている。
まあ、体のほうに行かないほうが良い人はあれこれ考えたほうがいいですけど。(笑)

とにかく、いろいろな方法で言語機能を休ませる。
音を追いかける。映像を追いかける、そういうときに私が解けてくる。
そういう方法を編み出しました。

禅はそういう脳の状態をいいます。
禅宗は、いろいろな宗教を見て回ると、実にベーシックなところにあったのだと気づきます。

言ってみれば、昔、ラジオを作る時に使ったアルミのシャーシと同じで、その上何を乗せても良い、そういう便利なもので、キリスト教とか、学んだものをいろいろ乗せることが出来る便利な教えだと感じます。

基本は私が解けることです。
無我とか無心 三昧という方法があります。
無我、無心、三昧は、実はもう一つの方法でも得られる。
男女の間でもそれが出来ます。ただ、それは別の苦しみを生んでいきます。


IMG_3684とにかくお釈迦様は瞑想にエネルギーを注がせたい。
そのために、お酒を禁じました。
お酒を飲むとそういう方向に意識を集中できない。
あるいは、女性との接触を禁じました。
エネルギーを瞑想という方向に絞りたい。それがお釈迦様の教えだったのだろうという気がします。


■震災により得られたこと


今回の東日本大震災では、被災地では、いろいろな宗教の連携が見られました。
きっかけは、仙台市の事例です。
仙台市は当時非常にきついことを言いました。
仙台市仏教会が、ご供養をしたいと仙台市に申し入れると、仏教会だけにそれを認める訳にはいかないと言います。
他の市町村ではそんなことは無かったのですが、仙台市では、あらゆる宗教と連合してくれないかと申し出があったのです。
そういったことがあり、結果的に宗教の連携が進みました。

お寺や神社、教会が避難所になったり、そこで共同生活が行なわれたりということがあちこちでありました。
それは今後の非常に大きな財産になるだろうと思います。

今回の体験で強く思ったことは、お寺、神社のコミュニティーのあり方は、実に古い日本人の共同作業の方法を残しているということです。
今ではどこでも○○部、○○課に分かれていますが、あの「部」は、奈良時代に朝鮮半島から部の民がやってきて、「機織部」が「服部」になるように、職能によって同じ場所に集まって、同じ部署に集まるというやり方が伝わったものです。
これは実に効率的な方法です。

実は、それまで日本人は、そのようなスタイルでは無かったのです。
部が入って来る前は、「伴(とも)」というスタイルでした。
これは一つの家庭のようなもので、いろんな人がいろんなことをするんです。

先日行った奄美大島ではそういう、古い日本のやりかたが残っていました。
空港に着くと女の人が迎えに来てくれていました。運転していただきホテルに着くと、背広の男性がご挨拶してくれました。
部屋に、お茶を持ってきてくれたのは先ほどの男性でした。後で聞くとその男性が社長で、島の見所をいろいろと説明してくれました。
夕食では料理長が料理のを説明してくれましたが、食後FAXをしようとフロントに行くと、そこには料理長しか居ない。
料理長にFAXを頼むのは・・・と思っていたら、当たり前のようにFAXを送ってくれました。

夜、マッサージを頼んだら、さっきまで空港から送ってくれた女性でした。
翌朝、奄美つむぎを見ようとしたら、また昨日のマッサージの女の人が説明してくれる。
詳しい突っ込んだ質問をすると、奥から呼ばれて来た男性が、社長だった。
では作っている現場に行ってみましょう、と行ってみると誰も居なかった。
今、サトウキビ収獲の最盛期なのでサトウキビ工場へ行っているということでした。

つまり、そういうことなんです。
この仕事の苦労をみんな知っている。だからみんな何でも手伝えるし、専門ということではないけれど、みんながみんなを手伝うんですね。
これは「和合」という観点からいうととても優れている方法です。

 

しかし、効率という観点から言うと「部」のやり方が優れています。
ですから、例えば今の郵便局は大変です。
集配業務をやっている人は、ずっと集配をやっています。
人間なのに、そんなに道具みたいに分けられて幸せに暮らせるのだろうかと思ってしまいます。

お寺や神社に集まった人は、今でも「伴」なんです。
だから、自分はこうだから、これはやらないということは無いですね。
なんでもかんでもみんなでやる。

うちの寺もそうですが、何かの職業の人が職業的な技術を提供くださったときには報酬を出します。
けれども、弁護士が雑巾を掛けてくれたといっても報酬は出ない。
お医者さんが歌を歌ってくれたといっても報酬は出ない。

だから、誰が何の専門だとかそういうことが、一旦チャラになって、みんなが何でもするという場所があちこちで震災後に出来ました。
お寺や神社で、日本の古い伴というやり方が復活しました。

郵政民営化も、民営化の中で仕事が細かく分かれ過ぎています。
なぜ集配の人が保険の勧誘をできないか、という反省からもう少し太くしようとしていますが、もう少し人の仕事って言うのは総合的であるべきだと思います。
そういう人の集い方が残っているのが神社仏閣なのだろうという気がします。

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■ご利益、功徳にみる日本の仏教の思想


今回、伝統仏教各宗派は、新興宗教が自分の宗教を優先する中で、自分の宗派のお寺だけではなく皆さんでお使いください、という支援を優先しました。
福島県全体に出すよりは、壊滅的な箇所のお寺に集中的に支援したほうが、確実に復興できたのに、という話が無数にあります。
けれども、伝統仏教宗派は「皆さんを」ということを優先しました。

それが日本の仏教なんだろうと思います。


東北被災三県には、未だに復興できない神社仏閣がたくさんありますが、けれども、その中で新しいコミュニティーや古いやり方が復活しています。
宝物をみつけた、そういう気持ちでもあります。


「ご利益」ということばがありますが、善い行いをした功徳が、一旦どこかにプールされ、それがたまたま自分に戻ってきたのを功徳といいます。
けれどもそれが自分の生きている間に降りてくるか、自分のところに戻ってくるかもわからない。
大勢の人が善行をささげ、普通は全然関係の無い人に降りています。
それをご利益といいます。
こういう増上寺のような由緒ある大きなところでは、きっとたくさんのご利益があると思います。
それが皆さんに降るように来ると思います。

とにかく、個人から個人へということでは無いのです。
最初は、「皆へ」というところに一旦プールされる。
それが仏教の施餓鬼の思想だと思います。

そういう集団のあり方を、今回の震災で再確認したところです。

仏教情報センターが30年続いてきたのは、みんなが何でもやるということで実現したのだろうと感じます。

ご静聴有難うございました。(拍手)

投稿者: kameno 日時: May 13, 2013 4:45 AM

コメント: 仏教情報センター記念大会講演録(1)

講演録をUPしていただきありがとうございます。
これだけ纏めるのは大変な作業ではなかったかと思います。
おかげさまで会に伺うことはできませんでしたが、内容を理解することができました。

われわれの宗派では座禅ということをします。日蓮宗では南無妙法蓮華経を唱えます。
楽器を使ったり、いろんな方法がありますが、たいていはリフレインです。
これによって私といいう輪郭が解けていき、そして言語機能が休んでいくんですね。

上のフレーズですが、臨済宗では坐禅と表記するかと思います。、座禅でも宜しいかと思いますが、エッセイなどでは坐禅を使っていると思います。
私といいうのところいが1つ多いかもしれません。
余計なことを言いまして申し訳ございませんでした。

投稿者 斎藤睦子 | May 13, 2013 7:59 PM

斉藤さま
コメント有難うございました。
曹洞宗では明確に坐禅のみを使っていますが、臨済宗でも「坐禅」が正式なようですので、そのように修正しました。
ご指摘有難うございます。

投稿者 kameno | May 14, 2013 5:29 AM

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