ブッダもキリストも誕生日は分からない

今月の15日はお釈迦さまが入滅された(亡くなった)日とされています。
この日に涅槃会の特別法要を厳かに行ったりするのですが、このような大きな意味を持つ仏教行事は年に3回あります。

この3つの日を「三仏忌」といい、具体的には次の3つです
 4月 8日 釈尊降誕会(ごうたんえ=誕生の日)
12月 8日 釈尊成道会(じょうどうえ=悟りを開いた日)
 2月15日 釈尊涅槃会(ねはんえ=入滅された日)

ところが、この日付で降誕会の行事を行う国は日本・中国など大乗仏教の国の一部であります。

これは、例えば釈尊降誕の日を、『ブッダチャリタ(Buddhacarita)』(=『仏所行讃』)の「4月8日」をそのまま太陽暦に当てはめてしまっていてこの月日したとか、その程度の理由だと思われます。

ちなみに、ヴェサック月(太陽暦の5月付近)を元に
降誕会を ヴェサック月の第8日
成道会を ヴェサック月の満月の日
涅槃会を ヴェサック月の満月の日

とする資料もあり、スリランカなどの上座部仏教国のように、ヴェサック月の旧暦15日(満月の日)に三仏忌(降誕・成道・涅槃会)を一度に行ったりする国もあります。

そこで、各国の祝祭日を元に、釈尊降誕の日がいつなのかを調べてみました。
ヴェサック月の日付は太陽暦に直すと毎年変化しますのでご了承ください。昨年の月日を基にしています。

タイ  6月2日 仏誕節 Wisakha Bucha Day
バングラデシュ 5月3日 仏誕祭 Buddha Purnima (月齢により変わる)
香港 5月26日 仏誕 The Buddha's Birthday
インド 5月4日 釈迦誕生日 Buddha Pournima
インドネシア 6月3日  釈迦記念日 Libur Hari Raya Waisak
韓国 5月26日 釈迦誕生日 Budda's Birthday
マレーシア 5月3日 釈迦誕生日 Wesak Day
スリランカ 5月4日
5月5日
ヴェサック満月祭 Vesak Full Moon Poya Day
ヴェサック第二日 Day Following Vesak Full Moon Poya Day


このように、日本、中国の4月8日のほかに実に様々です。

まあ、こういうことは仏教に限らずキリスト教でもみられることであるわけです。

例えば、キリスト降誕の日は「クリスマス」として12月25日があたりまえと思われがちですが、単にローマ帝国の農業神サターンのサトゥルナリア祭、あるいは太陽神の冬至祭に併せて同じ日をキリスト降誕の日にしただけの理由です。この日を境に昼の長さがどんどん増えていく(=太陽が甦る日)という意味もあるようです。

それまでは、キリスト降誕の日はばらばらで、ユダヤ暦の1月6日とか3月21日とか12月25日とかの任意に行われていたようです。

ということで、お釈迦様にしてもキリストにしても、降誕の月日は分からないわけですね。
そもそも暦自体が違うわけですから、正確な誕生日がいつか(生誕年さえはっきりしませんね)ということよりも、それをどのような心構えで迎えているかが大切になると言えるのでしょう。


さて、先ほど出した祝祭日に見られる釈尊降誕の日の一覧ですが、お気づきのように、アジア諸国では国の祝日として指定されています。
ところが、日本では4月8日が国の祝日に指定されている訳でもありませんし、残念ながらあまり盛大に祝うということもありません。
ほとんどの国で、国の祝日として仏教、キリスト教、イスラム教のいずれか一つ以上の祝祭日があるのと対極的です。
宗教に関わる祝日が指定されていない国は共産主義国家と日本くらいなものでしょう。

その点、インドはすごいですよ。
さすが多宗教多言語の国といえます。(下記は2004年の月日です)

1月26日 共和国記念日
2月2日    イスラム教謝肉祭
2月18日    ヒンドゥー教シバラトリー祭
3月7日    ヒンドゥ教春祭
3月2日    イスラム教新年祭
3月30日    ヒンドゥー教ラーマ誕生日
4月3日   ジャイナ教教祖誕生日
4月9日    キリスト教イースター祭
4月14日    ババサへーブアンベーディカル博士誕生日
5月4日    釈迦誕生日
8月15日    独立記念日
8月20日    ゾロアスター教新年
9月18日    ヒンドゥ教ガネーシャ祭
10月2日    マハトマ・ガンジー誕生日
10月22日    ヒンドゥー教デュサラ・ラーマ祭
11月12日    ヒンドゥー教新年祭ラクシュミー祝福
11月14日    ヒンドゥー教新年祭バウビージ祝福
11月15日    イスラム教断食明け祭
11月26日    シーク教ナナック誕生日
12月25日   
キリスト教クリスマス


参考資料 : フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

最後になりましたが、三仏忌の「忌」は、なぜこの字を用いるのでしょうか。
涅槃会は分かるにしても、他の2つは何故?

投稿者: kameno 日時: 2005年2月20日 00:02

コメント: ブッダもキリストも誕生日は分からない

さすが方丈様、目の付け所が違うし、掘り下げ方も深い。
なるほどと唸らされました。

>宗教に関わる祝日が指定されていない国は共産主義国家と日本くらいなものでしょう

祝日に関して、日本は基本的に神道の国だと思っているので、別に違和感を感じた事がありませんでした。
後からできた祝日以外は、全て神道に由来しているものだと思っていました。

白川静の常用字解には、
・・・敬いつつしんで神に仕える意味である。・・・ひざまずいて体を曲げる姿勢をいい、忌はその様な姿勢でつつしんで神に仕えるときの心情、思いをいう字であろう。
と、ありました。

投稿者 usagi | 2005年2月20日 10:16

コメント有難うございます。
>祝日に関して、日本は基本的に神道の国だと思っているので、別に違和感を感じた事がありませんでした。
>後からできた祝日以外は、全て神道に由来しているものだと思っていました。

しいて言えば、新嘗祭なのでしょうが、建前上は勤労感謝の日として完全に宗教行事とは無関係ということになっています。
ただし、英訳ではLabour's day ではなく Labour Thanksgiving Dayといいますから、新嘗祭の名残りをさり気なく入れ込んだのかもしれません。

「忌」の意味、ありがとうございました。
確かに辞書によっては意味の最後に「うやまう」という意味が書いてあるものもありますね。

投稿者 kameno | 2005年2月20日 17:32

とりあえず分かっておりますのは、「三仏忌」と称されるようになったのは、結構最近であることです。古い資料(清規)などでは「三仏忌」と表現していないからです。
手元に面山の資料があれば大体の推量が出来るんですけれども……

古来、日本での成道会などは、道元禅師が始めたんだと自分で仰っているくらいですので、「三仏忌」が良く分からないのも致し方なくはありますが。。。

投稿者 tenjin95 | 2005年2月20日 19:33

ある程度、理由が見えてきました。
面山は三仏二祖忌(三仏会+二祖忌)の呼称を頻繁に用いますが、この短縮形を混用したというのが有力な説のようです。

投稿者 kameno | 2005年2月21日 00:40

二祖三仏忌について

さて、伊藤俊彦老師は曹洞宗の『宗学研究』10?14に連載された「二祖三仏忌考(4回)」にて、この二祖三仏忌の名称について考察しておられます。

同論文は二祖忌についての考察も入っておりますので、あくまで三仏忌に限定しますと、まず、古来は三仏忌という総称はなかったようです。したがって、三仏会・三仏節などと言われるのは、日本の清規、しかも江戸時代に入ってからのようです。

そして、三仏忌についての初出は金沢大乗寺で用いられた『椙樹林清規』(1674年)で「二祖三仏忌献粥、並びに五大尊献粥諷経」云々と有りますので、これみたいです。玄透即中禅師の『永平寺小清規』(1803年)では「三仏会」「三仏及諸祖忌」が見えますので、両者併存でしょう。

近代以降では、曹洞宗の清規に相当するものに『行持規範』があります。そして、明治22年の『明治校訂 洞上行持規範』(1889年)では、「三仏会」に統一されています。
昭和29年の『昭和改訂 曹洞宗行持規範』(1952年)からは、「三仏会」と「三仏忌」が混同されて使用されております。
昭和42年の『昭和訂補 曹洞宗行持規範』(1967年)でも、混同状態ですが、「二祖三仏忌」という表現が2箇所有るとのことです。おそらく、現在の状況はこの辺のテキトーに表現した校訂者のミスだと思われます。

なお、Kameno先生の疑問にお答えする的確な言葉があります。
臨済宗の無着道忠(1653?1744)はその著、『禅林象器箋』(1741年)では、三仏忌について「三仏者、涅槃忌、誕生会、成道会也。忠曰、誕生成道非忌。然云二祖三仏忌、随多得名也。」とされまして、誕生会(降誕会)と成道会は忌日ではないとしています。
なお、面山瑞方(1683?1769)はその著『洞上僧堂清規考訂別録』巻八にて、「二祖三仏」について「三仏は、誕生仏と、涅槃仏と、成道仏」とされるのみで、「忌」「会」に関する考察はないようです。他の場所では「二祖三仏忌」とも使っているようではありますが。。。

さて、以上でお分かりのように、三仏会の総称は本来の言い方が存在せず、いつの間にか「三仏忌」だけが一人歩きをして、現在の状況に至っているということです。本義ならば「三仏会」または「三仏節」が適当であると思われます。

以上、長々としたコメントで恐縮ですが、失礼いたします。合掌。

投稿者 tenjin95 | 2005年2月21日 17:28

詳細な考察ありがとうございます。
私の永年の疑問に一筋の光明が見えた気がします。

三仏忌につきましては、新しいトピックスにまとめてみました

三仏忌の「忌」は、果たして適切か
http://teishoin.net/blog/000031.html

投稿者 kameno | 2005年2月22日 01:11

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