渡る世間に・・・

風の道・・・つれづれに・・・


 第29回  渡る世間に・・・ 朗読を聞く(RealAudio3.0)

 

 私が、横浜鶴見にある總持寺で修行をしていたときのことである。

 総持寺は修行道場だが、お檀家さんのある寺で、毎年お盆の行事である棚経には、修行僧が出向くことになっている。  その年の私に割り当てられた区域は、神奈川県戸塚市※であった。神奈川の地元出身者以外は大抵の区域が初めての場所で、そのため各修行僧には、地図が配られる。それをもとに、各お檀家さんをまわりお経をあげ、夜の九時までには総持寺に戻らなくてはならない。時間厳守である。

 さて、棚経当目となり、私は戸塚に向かった。回らなくてはならないお宅は、十四軒ほどだった。しかし、地図をみるとそれぞれの家が結構離れていて、時間が思いの外かかりそうであった。

 東戸塚駅で降りた。まずバス停を探す。バス停は駅前にはなく、商店街を抜けた少し離れているところにあった。商店街を小走りでバス停に向かう途中、突然激しい雨が降り出す。傘をあわてて取り出し、ようやくバス停に辿り着いたとき、手にしっかり握っていた地図がないことに気がついた。雨に気を取られて落としてしまったらしい。真っ青になって駅に引き返した。道々地図が落ちていないか、路上をみるが、ない。何度も行きつ戻りつしながらくまなく探す。しかし、見つからない。

 私は途方に暮れた。しかし、とにかく何とかしなくてはならない。タクシーを拾い、辛うじて残っていたリストの一軒目のお宅の住所を見せ、何とか辿り着き、二軒目まで番地を頼りに歩いた。二軒目のお宅にファックスがあり、本山より地図を送ってもらう。しかし、何枚もの大判の地図だったので、かなりの時間二軒目のお宅にお邪魔をしてしまい、迷惑をかけてしまった。ようやく地図を手にし、三軒目に向かう。この時点で、予定より二時間ほどの遅れが生じていた。焦りながら回るが、一軒一軒が離れているので、一向にはかどらない。

 半分の七軒目を回ったときには、もう午後四時を過ぎていた。これまでのペースを考えると、午後九時までに本山に戻ることは到底不可能に思え、暗澹たる気持ちになった。でも、とにかく回らなければ始まらない。郊外の商店街を歩きながら、次のお宅を探す。けれどなかなか見つからない。道を尋ねようととある雑貨店に入った。そこにいた店のおぱさんに地図を見せた。「ありゃりゃ、結構距離があるよ」その言葉に目の前が真っ暗になった時、奥から店のご主人が出てきて、おばさんから話を聞くと、私に向かってべらんめい調でこう言った。「おう、じゃあ車で乗っけてってやるよ」 数度固辞したが、せっぱ詰まっていたので、結局ご好意に甘えた。

 次のお宅に着いたので、お礼を言い別れようとすると、「待っててやるよ。まだたくさんあるんだろ?」 涙が出そうになった。お宅に上がり、外歩きの服装から、読経のための衣に着替え、お経をあげ、辞去するまで約十分はかかる。その間、ご主人は車の中で待っていてくれたのだ。それを七軒続けてくれた。そうして、すべてまわり終えた時、まだ七時くらいだった。駅へ行くバスが止まる最寄りのバス停まで送ってもらった。車から降りるときに、せめてお名前と連絡先を、お礼を申し上げたいから、と尋ねると、これまたべらんめい調で「そんなつもりでやったんじやねえよ。まあ気をつけて帰りな」

 これは、その何というか、とてもかっこよかった。そして、心にしみた。ご主人の車は颯爽と私の目の前から去っていった。


 私は、この日をこれからも忘れることはないだろう。そして、いつもそんな人の優しさを感じ取る心の感度を高くたもっていたいと思う。

 私は、あの巷間使い古されている「渡る世間に」で始まることわざを、その重みのまま、口ずさむことができる。あの目のおかげで。


※ 神奈川県戸塚市・・ 正確には 神奈川県横浜市戸塚区

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