目にうつる全てのことは メッセージ

Yahoo!ニュースに次のような記事が掲載されていました。


ユーミンがジブリに合う理由 歌詞の世界観と声の質と専門家

7月20日に公開され、大ヒットしている宮崎駿監督の映画『風立ちぬ』。その主題歌に起用されているのが松任谷由実の『ひこうき雲』だ。彼女自身も「ジブリっぽい」と語るこの曲は、同映画をさらに魅力的なものにしている。ユーミンとジブリといえば、1989年公開の『魔女の宅急便』での『ルージュの伝言』、『やさしさに包まれたなら』がある。このときも、映画の世界観と曲が見事にマッチした。どうして、ジブリ作品にユーミンの曲はこれほどまでに合うのだろうか?
音楽評論家の富澤一誠さんに聞いた。
(NEWS ポストセブン 8月3日配信)


記事の音楽評論家の富澤一誠氏は、「ユーミンがジブリに合う理由」として

(1)映画の内容と曲のストーリー性のシンクロ
(2)特徴的な声が、ジブリ作品に合っている
(3)安易にタイアップをつけようとする流れに対するアンチテーゼ

を挙げています。
それぞれの詳細については、記事タイトルのリンク先を参照ください。

確かに、戦争や大震災などを描いた『風立ちぬ』には、ユーミンの同級生の死から着想して作られた『ひこうき雲』とシンクロし、『魔女の宅急便』では『やさしさに包まれたなら』が曲の世界観や歌詞が重なっています。


今日のブログ記事では、「ユーミンがジブリに合う理由」ではなく、「ユーミンが禅の思想に合う理由」を『やさしさに包まれたなら』を題材に触れていきたいと思います。


カーテンを開いて 静かな木洩れ陽の
やさしさに包まれたなら きっと
目にうつる全てのことは メッセージ

(『やさしさに包まれたなら』より 作詞・作曲 荒井由美)


 

この『やさしさに包まれたなら』は、元々は不二家「ソフトエクレア」のCMソングでした。
CMソングでは、最後のフレーズが「目にうつるすべてのことは 君のもの」となっていて、CD化された際に現在の詩にリメイクされたそうです。


この歌詞からは、次の禅僧の偈を想起させられます。

渓声便ち是れ広長舌
山色清浄心に非ざること無し
夜来八万四千偈
他日如何が人に挙似せん
(『碧巌録』三十七則より)

この偈は、中国の禅僧、蘇東坡(そとうば)が廬山に遊行した時に読んだ偈です。
内容は、

渓谷の川のせせらぎは、それが、そっくりそのまま仏の声(説法)である。
また、山々の彩りは、仏の清らかな身体そのままの姿である。
そして、川のせせらぎの音、山々の彩りだけでなく、木々をわたる風の音や、鳥たちの声も、すべてが仏の教えでないものは無い。
法門には、八万四千通りあるといわれる。
この感慨をどのように述べたらよいだろうか、いや、述べ尽くすことはできないだろう。

ということが書かれています。

また、もう一つ、禅僧の句をご紹介します。
貞昌院の本堂には次のような額が掲げられています。
20130804-01

これは「触目是道(そくもくぜどう)」と読みます。
總持寺の石川素道禅師により揮毫された、中国の禅僧、石頭希遷禅師の言葉です。

この世界の空間軸と時間軸の中で、確固たるものは、この自分であり、この今という一瞬です。
「この今」は、仏教のことばで「而今(にこん)」といいます。

時間軸のうち、過ぎ去った過去の時はもうそこに立ち戻ることは出来ない。また、これからの未来は不確かでどのようになるか分らない。
ただ、確かな「現実」は「この今」だけなのです。

ただただ「この今」を精一杯生きるしかありません。
この世は無常であり、限られたいのちのなか、「今生きている自分のいのち」はかけがえのないものです。
だからこそ、ありとあらゆる存在の輝きが見えてくるのです。
目に触れるもの、目にうつるもの、全てがメッセージを発しています。

大人になっていくにつれて、このような感性は、次第に失われてしまっているのかもしれないですね。
輝き一つ一つがから発せられるメッセージを受け止めることのできる感性を、常に持っていたいものです。



このように「目にうつる全てのことは メッセージ」は
「渓声便ち是れ広長舌 山色清浄心に非ざること無し」や「触目是道」を実によく表現していると感じます。

投稿者: kameno 日時: 2013年8月 4日 13:35

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