即心会研修-タンマガーイ寺院

タイ人僧侶並びに日本人僧侶によって上座仏教の教義を主体とした法話、瞑想指導を行っています。 終日開院し、常時僧侶が在院しているので、興味のある方はご来院下さい。 (公式サイトより

タンマガーイ寺院は仏教国タイにおいて急速に勢力を伸ばしている新興系の仏教宗派です。
私たちは上座仏教の国においてどのように新しい宗派が勢力を広げているのかを含めて研修課題とするために、タンマガーイ寺院東京別院を訪問させていただきました。

まずはタイ国パトゥムターニー県にあるタンマガーイ寺院総本山の写真をご紹介いたします。

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(タンマガーイ寺院パンフレットより)
1969年には3.1万平米の寺院でしたが、その後急速に成長し、320万平米、数十万人の信者が常に集う大寺院に成長しました。
現在、タイには3万を超える寺院、6300万人の人口のうち30万人が僧侶であるといわれます。
仏教国タイにおいて、タンマガーイ寺院は、上座部仏教の伝統と現代的な新要素である瞑想実践、映像メディアを積極的に取り入れ現代タイで勢いのある寺院です。

タンマガーイ寺院はタイ人たちの心の拠り所としての中心的役割を担うために2000年開設されました。現在までに、東京の他に日本には6箇所の別院が誕生しています。

私たちが訪問した日は新年最初の満月の日、「マーカブーシャー」の行持が行われる日です。
マーカブーシャーは、阿羅漢たちが仏陀の下に集まり重要な説法を受けた日です。
タイではこの日に蝋燭を灯してお釈迦様に捧げます。
このように仏舎利塔が設けられ、その周りを蝋燭を掲げた僧侶、信者たちが右回りに三周します。

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別院本堂の壁面には、タイ国本山におけるマーカブーシャーの様子がリアルタイムに衛星中継により流れています。メディアを積極的に取り入れたといわれることが顕著に現れている部分です。
それにしても、物凄い人の数。

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本堂ではマーカブーシャーの準備が進められています。
私たちは残念ながら時間の関係で参加できませんでしたが、この2時間後の午後6時より蝋燭が灯され、灯火をお釈迦様に献灯する儀式が行われます。

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信仰の中心には「タンマガーイ瞑想」があります。瞑想坐禅の方法を解説いただきました。
これは禅宗の坐禅とはかなり異なる方向性をもつ「坐」の瞑想実践です。


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日本にはタイの伝統的なワットパグナム系の寺院が別にあります。

タイ仏教の寺院は総じてあまり目立たないように見えますが、けれども、このタンマガーイ寺院は活動を積極的に広げていること、そして在日タイ人たちのコミュニティーの中心としてこのタンマガーイ寺院の果たす役割は少なからずあることが実感できます。
堂内には常にボランティア信者のグループが関わっており、特に日本への留学生たち、女性や子どもたちの姿が多く見られました。

日本の仏教が海外にどれほどの拠点を持ち、どれほどの活動を行っているかということを考えると、いわゆる「新宗教」の活動の方が目立つという状況があります。

今回の事例はそのことをタイから日本への拠点の広げ方として逆の視点から見ることができました。
曹洞宗海外寺院のこれからのあり方にも示唆を含む訪問となったと思います。


今後は、タイ国内において、上座仏教の伝統的な宗派から、このような新興宗派の活動をどのように捉えているのかということに着目していきたいと思います。

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投稿者: kameno 日時: 2009年2月10日 13:23

コメント: 即心会研修-タンマガーイ寺院

タイにて出家・瞑想修行を経験してきた者です。

タンマガーイ寺院の記事、興味深く拝見させていただきました。
私もタンマガーイ寺院につては以前より興味を持っており、出家中にタイ国のタンマガーイ寺院を訪れる機会に恵まれました。

すでにご存知の通り、タンマガーイ寺院についてはタイ人の間にも賛否両論があるようですが、おおむね一般的なタイ人にとっては教義云々や瞑想方法云々については興味が薄いようです。また、タンマガーイ寺院に対して新興宗教であるとの認識もないようです。

さて、近年日本に複数の別院が建立されたことについても特に関心を持っています。

タイ人にとって重要なのは、自分達の依り所となるタイ仏教サンガの存在です。
つまり、どの派閥のタイ寺院が来たとしても、正当なタイ仏教サンガであれば歓迎されます。
日本に滞在するタイ人の増加とともに、タイ人のタイ仏教サンガへの帰依がこのように形となっているのだと感じています。
まさに、タイ人にとって仏教は生活の一部、あるいは生活そのものなので、ある程度の規模のタイ人コミュニティーが形成されれば、タイの僧侶が招待され、タイの仏教寺院が建立されてくるというのは自然な流れかと思います。
しかし、あくまで個人が単位なので、日本とのパイプラインがあり、財力もあるタンマガーイ寺院の建立につながったものと私は考えています。
タンマガーイ寺院の他にも海外進出をしている寺院グループが存在しますが、この事例とはまた異なるようです。

その点、現地からの信仰上の要請からではなく、その多くはまず布教、あるいはその他を目的として海外進出をする日本の新興宗教団体とはケースが異なるのではないかと考えています。

タイの仏教についてのブログを開設しておりますので、よろしければ参考にされてください。タンマガーイ寺院についても紹介させていただいています。意見交換をさせていただければ幸いに存じます。

『タイ佛教修学記』
http://tekutekubukkyou.blogspot.com

投稿者 てく | 2012年5月28日 01:33

てく様
タイ佛教修学記拝見いたしました。
現地で出家、修行生活をされてきた方からの視点、大変興味深く拝見しました。
やはり、日本にあるタイ寺院の役割として、タイ人コミュニティーの縁をむすぶ重要な役割を果たしているという実感があります。
しかし、外国に寺院を造るということは相当大変で、特に宗教法人格を取得するとなるとかなりハードルがあるようです。
財力はもとより、人的な繋がりも重要ですね。
タイの新興仏教勢力としてのタンマガーイ寺院の動向は、今後も注目していきたいと思います。

投稿者 kameno | 2012年5月29日 15:03

こんにちは。早速のお返事ありがとうございます。
携帯電話からの投稿でうまく送信ができていないものと思っておりましたところ、きちんと送信できておりまたので安心いたしました。

タンマガーイ寺院については、私のブログでも紹介させていただいている通りなのですが、個人的には思うところはあります。生活面では非常に真面目、しかし仏教としては教義的にはどうなのかなということを少し感じています。このあたりの詳細な分析は、すでにもっと詳しい方がネット上にアップしておりますので、そちらに譲らせていただきます。

タンマガーイ寺院は、タイ国内でも賛否両論はあれど、タイ国仏教サンガの一員の中のいちコミュニティーなので、タイ国では正統なタイ仏教寺院ということになります。目だった活動、特徴のある瞑想法、海外進出など、目立ちすぎるほど目立っても、お咎めされることなく、各寺院の裁量次第といういたって自由なのがタイの特徴です。このあたりが日本の「宗派」では考えられないことです。少しでも毛並みが違うことをやると破門という事態を招きかねません。日本の仏教事情と著しく異なる部分です。

もうひとつご紹介させていただきますと、すでにご存知かもしれませんがタイの新興仏教勢力としてワット・ノーンパーポンの森の寺グループがあります。こちらは、タンマガーイ寺院とは趣を全く異にしています。よく新興仏教勢力と表現されますが、私はこの言葉は適切ではないと思っています。昔ながらの森の寺での修行形態を広める一種の原理回帰主義的なグループ(というと危険なニュアンスですが、そうではありません)で、伝統的な形態を現代に再現したようグループです。やはり、インテリ層からの支持も広く集めています。こちらも、タイ国内、海外を含めて100を超す支部を持っています。海外からの修行者も広く受け入れており、『地球の歩き方』でも紹介されている、ワット・パー・ナーナチャートという国際森林寺院はこのグループに属する外人用の国際寺院です。もし、機会がありましたら見学に行かれるととてもよいかと思います。

さて、いろいろと上記の投稿に補足をさせていただきましたが、すでにご存じの通り西洋諸国では「禅」が非常に人気です。私もタイで「禅」とはどのようなものなのか?という質問を何度も受けました。それほどまでに知名度が高いのです。
また、西洋人は「メディテーション」が好きです。そして、その場を求めています。日本に行きたかったのだけれども、日本ではその場がない、中に入れない、出家できない、だからタイへ来たのだという西洋人とよく出会います。私もこの点については全くその通りだと思います。私も日本にその場があればタイへは行く必要などなかったかもしれません。

日本には、そのように瞑想できる(禅)場がないのです。皆無ではないのですが、一定期間滞在すると経済的にかなり苦しかったりします。タイでは、寺院に滞在をして瞑想するのは基本的には無料で、『志』で滞在できます。
タイでは、この環境の根底には、寺院とは徳を積む場所であり、また徳を積もうとしている人を助けることも徳を積む行為として受け止められているとう土壌があります。

私が、海外で強く感じたことは日本人も強く『聖』なる空間を求めているということ。あるいはストイックなものへの憧れと崇拝のようなものをもっているということです。実に多くの日本人が瞑想や修行といったものに惹かれて海外へやってきます。
ぜひとも、この場が日本で実現できることを願っています。

取り止めのないことを書いてしまいましたが、タイや日本、それ以外の仏教国との比較検討をしてみて気づくことは、多くの日本人は『瞑想』や『禅』に興味を持っているけれども、その受け皿がないということです。
もう少し気軽に滞在でき、禅を組める場があればと思います。今後の活動に期待させていただきます。応援しています。

また私のブログ内で新しい記事などもアップしていきたいと思っております。こんな記事がほしいといったご意見もお寄せいただけると幸いです。・・・私のブログの宣伝になってしまいましてすみません(笑)

今後ともよろしくお願いいたします。

投稿者 てく | 2012年5月30日 23:38

てく様
コメントありがとうございます。
西洋人は「メディテーション」が好きであるということ、日本にはれを実践できるような禅場がないということ、そのとおりだと思います。
そのような受け皿になる場をどのように広げていくか、真剣に考えていきたいと考えていますので、今後とも宜しくお願い致します。

投稿者 kameno | 2012年6月 1日 02:17

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