「生きる」ために「自殺」する細胞たち

■突然クイズです。

(1)昆虫は、さなぎの時期に、その中身はどうなっているでしょうか。
こたえ:さなぎの中身はドロドロの液体です。幼虫の時にあった器官や、筋肉、脂肪などが無くなってしまい、細胞がアミノ酸のレベルまで分解されてしまっています。

(2)おたまじゃくしがカエルになるときに、シッポはどこへいってしまうのでしょうか。
こたえ:おたまじゃくしのシッポは、先端の細胞から徐々に萎縮して死んでいき、剥がれていき、どんどん短くなっていきます。

(3)人間の手の指は、胎児の段階で、どのようにできてくいのでしょうか。
こたえ:胎児の手は、最初はグローブのようなぶくぶくした形をしていますが、指以外の部分の細胞がだんだんと死んでいき、剥がれていきます。結果として、まるで木から彫刻刀で手の平の形に削り出していくように指が形成されていきます。

※クイズの答えは、それぞれの問題文のすぐ下を、マウスで左クリックでなぞると出てきます。

 

このクイズのこたえの裏には、ある共通した細胞の神秘的な仕組みがあります。
その共通の仕組みとは、アポトーシスとよばれるものです。

アポトーシス
アポトーシス (apoptosis) とは、多細胞生物の体を構成する細胞の死に方の一種で、個体をより良い状態に保つために積極的に引き起こされる、管理・調節された細胞の自殺のこと。これに対し、血行不良、外傷などによる細胞内外の環境の悪化によって起こる細胞死は、ネクローシス(necrosis)または壊死(えし)と呼ばれ、これと区別される。Apoptosis の語源はギリシャ語の「apo-(離れて)」と「ptosis(下降)」に由来し、「(枯れ葉などが木から)落ちる」という意味である。
wikipediaより


この、アポトーシスは、プログラム細胞死の一種です。(下の表にまとめています)


プログラム細胞死
プログラム細胞死(プログラムさいぼうし、Programmed cell death、略称PCD)は多細胞生物における不要な細胞の計画的(予定・プログラムされた)自殺である。組織傷害で炎症を起こす壊死と異なり、PCDは生物の生命に(一般には)利益をもたらす調節されたプロセスである。PCDは植物、多細胞動物、一部の原生生物で正常な組織形成や病原体などによる異常への対処として働く。
wikipediaより


これを簡単にいうと、細胞ごとに遺伝的に計画的にプログラムされており、その細胞が、生物の生存に邪魔になったら、その時に自殺(=プログラム細胞死) するという仕組み です。


たとえば、冒頭のクイズにおいて、

(1)の幼虫⇒さなぎ⇒成虫への完全変態の過程において、幼虫の期間を、ひたすら養分を摂取して大きく成長する段階とすれば、成虫は、オスとメスが次の世代を残す生殖的な段階であり、まったく次元がことなるものです。
そこで、さなぎの期間で、成虫において不要な器官の細胞が、プログラム細胞死であるアポトーシスを起こし、死んだ細胞は、いったんアミノ酸レベルまで分解されて、成虫で必要な器官(生殖器とか、羽とか、複眼など)に再構築されます。

(2)の場合もそうです。カエルになると、尻尾は不要となります。成長の段階で、自らが不要となることが分かると、その細胞はアポトーシスを起こし、自ら死を選びます。

(3)の指の形成も、胎児が羊水の中にいるときには、手がぶくぶくの状態でも構わないでしょう。けれども、生まれでて来た後、指としての機能が必要になりますから、指にならない部分( 指と指の隙間の部分など)の細胞は、アポトーシスを起こし、死んでいきます。


先ほど、アポトーシスは、プログラム細胞死の一種と書きましたが、プログラム細胞死を分類すると、以下のようになります。

表 プログラム細胞死の分類
タイプ1細胞死 アポトーシスによるもの。クロマチンが凝縮して細胞核が断片化する(細胞が縮んで行って死ぬ)という形態上の特徴を示す 。
動物におけるPCDの重要な一形式である。
タイプ2細胞死 オートファジーを伴う細胞死である。
細胞質内にオートファゴソームと呼ばれる小胞が形成されるという形態上の特徴を示す。
細胞核の萎縮が見られるが、断片化はあまり見られない。
タイプ3細胞死 ネクローシス型のプログラム細胞死であり、細胞内小器官や細胞質膜の膨化(細胞が膨張して破裂して死ぬ)を形態上の特徴とする。

参考:Wikiペディア

 

表 プログラム細胞死の具体例
役   割
具体的な役割
邪魔になった細胞を取り除く


生物に有害な細胞を除く
癌細胞など、遺伝子が傷ついた細胞
生物を攻撃する免疫細胞
余剰の細胞を除く 脳の発達段階で余剰となった細胞
役割を終えた細胞を除く オタマジャクシのシッポとか、人間の手の指以外の部分とか、
さなぎ段階での幼虫の器官などの細胞

生物の機能を維持するための
細胞の代謝



表皮の細胞
免疫系の細胞




生物は、その成長する過程において、無数の細胞の死が繰返されています。
例えば、 成人の人間では、毎日約3000億個の細胞が、プログラム細胞死によって死んでいるといわれています。
このような、個々の細胞の死(プログラム細胞死)は、全体の統合性のために、つまり個体として生きるために必要になった仕組みであるといえます。

「生」と「死」は、一つの生物個体から見ると、一体のもので分断がないし、「死」ぬことは、全ての終わりのように思えますが、実はそうではなくて、「生」の中にもたくさんの積極的かつ自発的な死が引き起こされているということを理解しておくことは重要なことであると思います。

 

また、多細胞生物の大部分が、有性生殖による種の保存方法を選択したことにより、生物種が存続・維持され続けていくためには、生殖と何世代にもわたる世代継承が不可欠となりました。
生物個体を構成する細胞は、生きている中でさまざまな外敵と出会い損傷を受けますが、それを逐一完全に修復して維持していくには限界があります。だから、生物個体はまるで遺伝子の乗り物として、遺伝子のみを次代に伝えていき、寿命が来れば生物個体は廃棄していくのだという考え方もあります。これが「体細胞廃棄説」です。
生物個体が「遺伝子を載せた乗り物である」(※補足註)とすれば、「遺伝子は子孫に乗り移る」ことによって、種が維持されていくというわけです。


言い換えると、 「死」があるからこそ、生物は種を存続させることができるのです。


「光陰は矢よりも迅かなり、身命は露よりも脆し」・・・・・・ 限りある「生」の中で、「この一日の身命は尊ぶべき身命なり、尊ぶべき形骸なり、この行持あらん身心自らも愛すべし、自らも敬うべし」というように、いかに生きるていくべきか、という宗教的な問題につながる根本が、ここに見えてきます。


【補足】
このトピックスでいう「生物」とは、有性生殖を行う多細胞生物としています。
多細胞生物の有性生殖では、生殖細胞のみが次世代に引き継がれます。これが、生物個体が、「遺伝子を載せた乗り物である」と表現される所以です。多細胞生物は、このように細胞を専門化させ複雑な機能を獲得することにより生存を有利にする戦略をとりました。
一方、単細胞生物は一細胞が一個体であり、細胞分裂がそのまま個体の増加につながります。ということは、考えようによっては、単細胞生物は繁殖を続けている間はずっと寿命があると考えてもいいのかもしれません。


【関連図書】


死の起源 遺伝子からの問いかけ (単行本)

田沼靖一 著
出版社: 朝日新聞社 (2001/06)
ISBN-13: 978-4022597786
なぜ、私たちは死ぬのか? 生物はみな死から逃れられないのか? 最新の遺伝子研究の成果を踏まえて、有性生殖をする生物は必ず死ぬという理論を分かりやすく説きあかす。


 


【関連リンク】
細胞の生死を制御する by Inohara, Naohiro,
PhD Research Associate Professor Department of Pathology, University of Michigan Medical School



投稿者: kameno 日時: 2007年2月 9日 01:23

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