天国で逢おう-飯島夏樹さんを悼む

先月、飯島夏樹さんの追悼番組『天国で逢おう』が放送されました。
飯島さんについてはご存知の方も多いと思いますが、改めてプロフィールをご紹介させていただきたきます。


飯島夏樹 (いいじま・なつき)

1966年、東京都生まれ。日本人で唯一、8年間ワールドカップに出場し続けた世界的プロウィンドサーファー。マウイ、グアムを拠点に世界大会を転戦、年間約20戦に出場。世界戦で数々の入賞経験を持ち、国内大会での優勝も数多い。また、グアムでマリンスポーツセンターを起業する一方、ウィンドサーフィン専門誌「Hi-Wind」にエッセイを連載、ダイナミックな人柄を素直に記した文章が好評を博すなど、活動の幅を広げる。2002年6月、肝細胞ガンと診断される。翌年3月、肝移植を受けるため、すべてを引き払ってグアムから日本に移住するも、「移植には適さない」と宣告され、うつ病とパニック障害を併発。家族と友人の励ましにより、うつ病とパニック障害はほぼ克服したが、二度の大手術と様々な治療を施したにもかかわらず、肝臓は悪化。2004年6月、余命宣告を受け、「自分は生かされている」と体感し、偶然出逢った執筆活動に生き甲斐を見出した。家族構成は、妻と幼い子供4人。

飯島さんの公式ブログ
http://natsuki.air-nifty.com/natsuki/


実は、飯島さんは、私の妻と八王子東高校で同期(7期生)であり、卒業後、ウインドサーフィンで活躍されていることから、凄い人がいるんだよ、とよく話しを聞いていました。
高校当時は水泳部に所属していて、部活が終わると教室で大の字で寝そべってみんなを笑わせていたこと、生徒会長や体育祭の応援団長として率先してみんなの先頭に立っていたこと、そして、クラスの皆にも先生方からもとても親しまれていたこと・・・
とにかく、目立って人気者だったそうです。
卒業後は、飯島さんは琉球大学へ進み、マリンスポーツを極めていきます。その後の活躍ぶりは皆さんの知っていらっしゃるとおりです。

そして、順風満帆な生活の中、突然訪れた肝細胞ガンの診断結果。
度重なる辛い闘病生活。
しかし、飯島さんがかねてから備えている心の清らかさ、家族や友人への温かい思いやりは、「悲しみは喜びに変わる」を体現させていきました。

そして何より、彼や家族を支えてきたのは、キリスト教への敬虔な信仰なのでしょう。
そのことは、彼の日記を読めばよく分かります。


2004年12月13日

DEAR  神様


突然のお便り、失礼いたします。
若かりし頃、賞金を握りしめてソープやファッションマッサージに通っていた、スケベなウィンドサーファーの夏樹と申します。
おかげさまで、いまは更生し、子供も4人いますので、そういうところからはめでたく卒業しました。
マウイ島クラでフラワーガーデンを営むT婦人からの綺麗なカレンダーを眺めつつ、このお手紙をとてもまじめにしたためています。

  <中略>

あなたは命よりも大切なことがあると教えてくれました。
それは永遠の命が存在するということです。
歴史上の人物が一人だけ死を克服した。その方の、計らいでいま僕は“生かされてます”。
今までは、何とかお金を儲けて、自分の力で生きてきました。でも、それは全て間違いだったと、いま気づきます。
空を飛ぶ鳥が、なぜ飢えて死なないのでしょう? なぜ、美しい花達が土だけであれだけ美しく咲き誇るのでしょう。
僕には彼らが自分で頑張って、咲き誇り、悠然と空を舞っているだけとは思えません。
あなたの配慮で全てが成り立っている、鳥も花も生かされている、今はやっとそう思うのです。
ここにたどり着くまで随分と回り道した気がします。

 <中略>

まだ、僕にはあなたからみて、些細なことかもしれませんが、やるべきことがあって生かされるんだとの確信も生まれました。
そして、とにかく今日という日を生かされている。
そのことにごく自然に喜びを感じました。
他人と比べて、不満ばかり言っていた頃の私には考えられない心の変化です。
熱は凄いですが、いまは家族に囲まれ、痛みから守られ、午前中の数時間を執筆活動に費やし、家族のために糧を得られることに心から感謝します。
本当によくしてくださりありがとうございました。

http://www.shinchosha.co.jp/tenkimi/essay/index1213.html


この日記の中に、ある方から「今、あなたが一番不幸だと思う方に渡してあげてくださいね」と戴いたプレゼント、そこに書かれていた
「あなた方の悲しみは、喜びに変わります」
この「喜び」、それが日記の最後の6行に集約されているのでしょう。


『天国で逢おう』は、宗教が、そして信仰が、死と直面する患者に、どのような心の灯を与えることが出来るのかを考えさせられる番組でもありました。

現在は、確かに医学が発達し、高水準の医療技術によって安全に命が誕生したり人の死を「先延ばし」することができるようになったかもしれません。
けれども、人の生死が「病院の中」という、日常から切り離されてしまうということが当たり前になってしまいました。
非人間的な医療設備と冷たい雰囲気の中で死に臨むことも珍しくありません。
医療技術の発達が、はたしてすべての面で人間に幸せをもたらしているのだろうかという疑問も生まれます。


「物質的の世界に向けて、ホスピスが伝える最終メッセージは、人間の精神の逆境におけるしなやかさと言うことです。何度も、何度も、私たちは、人間の内からも外からも品格が現れてくるのを見たよう思います。人間の本質について、真の成熟や究極の現実について、私たちは伝えることがあるのです」
(シンリー・ソンダースの言葉)


欧米のホスピスは、このように、「安らかな死を迎えるには」「人間らしい死を迎えるには」という命題に対して、キリスト教の伝統のなかから生まれてきたものですが、日本の伝統仏教の中にも『臨終行儀』のようにホスピスの概念を持つものがあり、そして、『ビハーラ 長岡西病院』のような仏教ホスピスもいくつか生まれて来ました。

仏教の「無量寿(=永遠の命を観想する心)」と、キリスト教信者である飯島さんの12月13日の日記とで通じる部分が多くあることが興味深いと思います。
そして、「生きている」のではなく、「生かさせていただいている」ということばも、私たちが毎日食事をとるまえに(いろいろないのちを)「いただきます」ということと繋がっています。
(生かさせていただいているということに、普段の生活の中ではなかなか気付かないんですよね)

とにかく、仏教者も、今よりももっともっとターミナルケアに関わっていかなければならない、心の支えの一助になれるよう努力していかなければならないと痛感します。

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3月4日(ハワイ現地時間)、ハワイ オアフ島・マキキ聖城キリスト教会にて飯島夏樹さんの葬儀が執り行われ、3月7日、ご遺骨はご本人とご家族の希望により、大好きだったハワイの海に散骨されました。

「いのち」 は往きよりも、還りが大事
「いのち」 は質ではなく、深さである


心よりご冥福をお祈りいたします。

投稿者: kameno 日時: March 15, 2005 12:41 AM

コメント: 天国で逢おう-飯島夏樹さんを悼む

■「天国で逢おう 追悼編(仮)」再放送予定
テレビ西日本 3/20 16:00?
テレビ新広島 3/27 16:00?
サガテレビ 3/27 16:00?
さくらんぼテレビ 3/27 16:00 ?
福島テレビ 4/2 16:00 ?
福井テレビ 4/3 16:00 ?
高知さんさんテレビ 4/10 16:00 ?
秋田テレビ 4/17 16:00?
(放送日時は変更になる場合がありますので、ご注意ください。)

投稿者 kameno | March 15, 2005 8:27 AM

TBありがとうございます
1年半夫癌と闘い死を見つめて生きてきたのに、一人暮らしになった途端何も出来なくなってしまいました。
人は何のために生まれ、何のために生きるのでしょうか?
2年経ってもまだその日一日をやっとやり過ごす日々。

投稿者 kyo | March 16, 2005 9:15 AM

kyoさん、コメントありがとうございます。

いったい、人は何のために生まれてくるのだろうか・・・・

誰もがいつかは突き当たる疑問です。
しかし、その答えは見つかるのでしょうか。

いつまでかかっても、答えは見つからないかもしれません。

けれども、一つだけ確かなことは、無駄な「いのち」は一つとしてないということです。

だからこそ、人は、今、この一瞬一瞬を精一杯生きることしかないのだと思います。

ご主人様のご冥福を心よりお祈りいたします。

投稿者 kameno | March 16, 2005 12:43 PM

TBありがとうございました。

「いのち」は質ではなく、深さである
この言葉は重いですね。

私自信も現在、右片麻痺の障害者となり痛感しております。
発症以前より、『死』は敏感に感じるようになりました。
飯島さんの残した生きざまは、これからの人生で忘れることはないでしょう。

投稿者 こー | March 17, 2005 12:06 PM

こーさん、コメントありがとうございます。
病気というものは辛いものです。しかしながら、普段気にも掛けていなかった(本当は常に心に留めておかなければならないはずの)「生」「死」について考え直すきっかけを与えてくれるものです。
手足が「動くことが当たり前」でなく、「動くことが有難い」ことには普段気づかないものです。「当たり前」を「ありがたい」というような心の方向転換をさせてくれる機会なのかもしれません。
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平松愛理さんの次の言葉を思い出しました。

「毎日のありふれたことに気づかせてくれた病気だから、そんな気持ちを歌として書き続け、歌い続けられる自分でいたいですね」
http://inochi.yahoo.co.jp/interview4/
平松愛理『電池が切れるまで』

投稿者 kameno | March 17, 2005 9:32 PM

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